第3話 アライ池の住宅地
私が小学校に上がる前、地元の人たちからアライ池と呼ばれていた住宅地があった。
正式の地名ではなかったけど、まわりの大人たちはそこをアライ池と呼んでいた。
当時はよくわかっていなかったけれど、住宅地になる前にはそこに「
アライ池の街には、まわりの街とは違う魅力があった。
「キラキラしていた」とでもいうのだろう。
まわりの街に前からある家はどこも灰色っぽい黒瓦の屋根だった。
スレート屋根の家もあった。スレートと言っても、いまのおしゃれな家のスレート屋根とは違う。薄っぺらいコンクリートの板とか、それを波板に加工したものとかだ。ひかえめに言っても、高級感からはほど遠い。
壁は白かクリーム色か灰色か、ともかく目立たない色だった。白い塗装の家ももう薄汚れていた。
ところが、そのアライ池の街の家の屋根は青やオレンジ色の鮮やかな瓦だった。だいたい瓦の光沢度が違っている。空の明かりを反射してぴかぴかと輝いている。
壁もまっ白だ。どこの家も、塀をめぐらせてあって、門から玄関までのあいだにこぎれいな庭があった。その塀もブロックむき出しのブロック塀などではなく、白く塗装してあった。塀の上にも瓦をかぶせてある家もあった。また、外に複雑な装飾をつけたコンクリート塀の建物もあった。
「晴れた天気に映える街並み」というのがぴったりの街並みだった。
また、私の家のまわりは、道のつき方も不規則だったし、地形に沿ってゆるく曲がっていたりした。大きな通りのように見えて突然行き止まりになる、という道もあった。すぐそこに見えている家に行くのに大回りしなければならないというところもあった。逆に、行き止まりに見える道から用水路を一本跳び越えれば細い道が続いていて、思わぬ近道ができる、というところもあった。
しかしアライ池の街はきちっと直角に道が交わり、道はまっすぐで、その道に面して同じような大きさの家がお行儀よく並んでいた。
もちろん、謎の行き止まりも、謎の裏道も、この街区には無縁のものだった。
このアライ池の街は私の自転車の練習場だった。
幼稚園のころ、自転車というものを買ってもらったばかりの私は、母に連れられてこのアライ池の街に行き、その道で自転車の練習をしていた。
直角に道が交わっている街の街路を、長方形にひたすら回って、自転車に乗るのを覚えた。
道はまっすぐで平坦で、車通りも少ない。だから、長方形の頂点のところに立っていれば、少し移動するだけでそのほぼ全ルートで私の様子を見ていることができる。それで、私の母はここを練習場に選んだのだろう。
この「練習場」まで、わくわくしながら母に先導されて小さい自転車で往復していたことを思い出す。
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