第9話 助けたいその一心
「“火の神”・・・!? えっ、ほんとに!?」
目の前のろうそくのように小さな灯火から放たれた言葉は、狼狽するには十分すぎる衝撃を与えた。
――――だからそう言っているだろうが。
「ほっ、ほんとにそうなら凄く強いのよね!?
お願い、ゼヴを助けてあげて!!」
この際本当かどうかはどうでもいい。とにかく、仲間が欲しかったのだ。物体に干渉することができない彼女には、ゼヴァルディアを援護することも、敵の半神を闇討ちすることも、何もできないのである。
しかし、目の前の灯火が本当に“火の神”ならば、これは千歳一隅のチャンスである。最強の大神の一角とあれば、半神など赤子の手をひねるように容易に倒せるに違いない。
だがその瞬間だった。そんなウェリアンの焦りに拍車をかけるように、ついさっき彼女が走ってきた方向、つまりフローガの市街地の方で大爆発が起こった。
「まさか・・・」
彼は『炎の神殿』に行くと言って走って行った。しかし彼女が追いついた頃には神殿は跡形もなく吹き飛んでおり、爆発の跡を残していた。そしてたった今、神殿と似た爆発が市街地の方で起こった。半神などという人智を超えた存在同士の戦いとあれば、戦いの場があちらこちらに移っていくのもおかしくはない。
ウェリアンは直感で、今の爆発はゼヴァルディアに何かあったのだと感じた。
「お願い神様!! お願い・・・!!」
――――まあ聴け、娘よ。
力を貸すのは構わん。
だが今のままでは貸せんのだ。
悲痛に叫ぶように懇願するウェリアンに、“火の神”は冷静に答えた。
――――そなたも我も、
今は存在が薄い状態だ。
このままでは何もできん。
ウェリアン同様、“火の神”もまた現在のこの灯火すらウェリアン以外には見ることも熱を感じることも叶わないという。それどころか、この『炎の神殿』のあった範囲からは出ることすらできないらしい。
――――間違った信仰により、
我が存在への認知は著しく
少ないのだ。
我は“炎の神”と誤認され、
我が力は永い年月をかけ
削がれてきた。
神々はこの世全ての存在それぞれに対応し存在する。そしてその力は、より世界に多く広まり、より五大元素に近ければ近いほど増すのである。
またその存在はより多くの存在に認知されることで色濃く世界に影響を及ぼす。五大元素はどんな状況にあるものでも、決してその存在を避けては通れない。故に認知度は最も高く、大神はいずれも最強たり得るのである。
しかし目の前の“火の神”はこんなにも弱々しく、ぼんやりと朧げな光を放つばかりである。とても最強の大神の一角とは思えないのだ。
曰くそれは遥か昔に“火の神”が封印され、その上に『炎の神殿』なる『聖域』を張り、祀るべきは“火の神”ではなく“炎の神”と誤謬を広められたことが発端だという。間違った認知として広めることで、人々は後世に正しくは“炎の神”だとだけ受け継ぐ。そうすると、次第に“火の神”という存在そのものを忘れていくのだ。
――――人間は最も数の多い種族。
動物などは我を忘れる
ことはないが、
人間が我を忘れるだけで
我が力は半減してしまうのだ。
「どうすればいいの!?
どうすれば、力を取り戻せるの!?」
だがそんなことは心底どうでも良かった。そんな経緯など、終わった後にでもじっくり聞けばいい話なのだ。今はただ、ゼヴァルディアの安全を確認し確保して、かつ敵の半神を倒して欲しい。ただそれだけだった。
――――話の早い娘だ。
我が目的は認知度の回復。
そしてその手段は
そなたを依代とすることだ。
一体どういうことなのか。疑問は残るが、それでも一刻を争う事態に、ウェリアンは深く考えずに答えた。
「わかった! その依代とやらになればゼヴを助けてくれるのね!?
だったらなんでもする! どうすればいいの!?」
ずっと孤独だった自分を、ようやく認識してくれたゼヴァルディア。あの瞬間の衝撃と喜びは、二度と忘れられない。きっと失われた記憶が戻ったとしても、自分を見つけてくれた彼への感謝は忘れないだろう。
そんな彼を、とにかく今は救いたい。力になりたい。自分を見つけてくれた、唯一のこの世界との繋がりを失いたくない。その一心で、彼女は“火の神”に縋った。
――――よかろう。
我が力、そなたのものと
するがいい。
ただし、救うのは娘。
貴様自身だ。
“火の神”の言葉の直後。小さく弱々しかった灯火は突如としてウェリアンの胸へと吸い込まれていった。熱は感じられず、彼女が壁をすり抜けるのと同じようにスッと胸の内へと収まったのだ。
しかし次の瞬間。彼女は全身が燃え上がるような感覚に襲われた。否、両手を見ると実際に燃え上がっていた。だがそれすらも正確ではなかった。両手だけでなく、全身が炎に包まれているのだ。
「うあぁっ・・・!!??」
しかし、火に焼かれながらも不思議と熱さや苦しみは一切なかった。ただただ身の内も外も火に包まれるその感覚がするのみで、ほのかにあたたかいそれは心地良ささえ感じられた。
だんだんと頭がぼんやりとしてくるのがわかる。あたたかさに包まれ、彼女はいつしか眠るように意識を霞ませていき。
瞬間、全身の炎を一斉に周囲へと散らしながら、一気に覚醒した。
「力が、溢れ出てくるようだぜ・・・!!」
身体の奥底から噴き出てくるような漲る力の奔流に、ウェリアンは心も突き動かされるがまま全身を見渡した。
全身は薄い真っ赤な炎に包まれていた。雲ひとつない快晴の空のように澄んでいた青髪は夕焼けの空のように真っ赤に染まり、燃え上がるように全ての毛を逆立たせている。小柄で華奢な痩躯は、背丈はそのままに、筋肉の発達した健康的な肉体へと変貌し。
そして何より、踏みしめる大地の感触が足裏から脳まで、ひしひしと伝わってきていた。
「干渉している・・・?
これなら・・・、いける!!」
燃え上がる炎のように湧き上がった精神は不安や悲痛などを全て蒸発させたのか。彼女の中には一縷の隙もない勇気と力への信頼と、ゼヴァルディアを助けるその想いで満ち溢れていた。
腰を落とし、存分に地面を踏み締める。ルビーのように真紅の輝く双眸は真っ直ぐに市街地を見据え。全身に燃え上がる炎のオーラを足裏に集約させると、それを一気に接地した地面へと噴出した。
刹那。とてつもないスピードで、ウェリアンの身体はまるで銃弾のような超音速で射出され、市街地へと一直線に弾き飛んでいった。
原初物語 ボールペン @kugelschreiber112
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