第8話 信仰の末路

 初めてゼヴァルディアの本気の走りを見たが、あれは人間の速度ではなかった。ウェリアンがついていくと発言したのが聴こえたかどうかも怪しいくらいのタイミングで、彼は一瞬にしてその場から身を消したのだ。


 正確には、消えたと思うほど速く『炎の神殿』へと駆け出したのである。


「ゼヴ、待って・・・!

 多分半神の力は火山の噴火だけじゃない・・・!!」


 誰にも見えない、聴こえない、物にも干渉できない状態ではあるが、彼女自身の身体能力は普通に生きている人間と同等である。宙に浮くこともできなければ、超速で走ることもできない。


 ただし不思議と疲労は生まれない。だからこそ、彼女はただただ足を一歩ずつ踏みしめて、『炎の神殿』へとかけて行かねばならないのだ。


「王宮の人間はみんな、ぐしゃっと大きな何かに潰されたようにペシャンコになって死んでいた!

 もし半神が火山の噴火を能力としているなら、あんな殺し方はできないはず・・・!!」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 「ついでだから、なぜ僕がこのイフェスティオに来たのか教えてあげようか」


 市街地の建物に隠れつつ繰り広げられる戦いの最中、ふとブラスディオスは口を開いた。


「“火の神”は、キミもよく知っている通り五大元素の一つを司る“大神”だ。

 まあ要は最強の力の一角だね」


 暗闇の空は、小さく噴火を続ける遠方の火山によって明るく照らし出されていた。そのはずが、なぜだかその姿はぼんやりと霞んで見える。それと同時、市街地のあちらこちらから大きな音が響き始めた。


 噴火による噴石と、火山灰が50kmほども離れたこのフローガの町にも降り注ぎ始めたのである。


「キミも言う通り、僕の目的はガルグメシアの再建・・・、いや、正確にはガルグメシア以上の国の創建だ。

 世界の全てを手に入れた大王国。そしてその頂点に、僕が座するんだ」


 ブラスディオスはどこに潜んでいるのか、ゼヴァルディアはその姿を発見できずにいた。それはおそらく彼も同様であろう。市街地におびき出したのは、おそらくこうした障害物をたくさん設置することで、戦いを自身の有利に進めるためなのだと思われる。


 しかし、実際には条件は五分である。見たところブラスディオスに索敵能力は無い。一方的、あるいは圧倒的に有利になれるという環境でもないらしい。


「僕は“爆発の神”の子だ。爆発とは、物質に急激な圧力がかかり、またそれが一気に解放されることで起こる現象で、発生時は熱、光、音を伴う」


 声の発生源を探るが、障害物が多く、また火山と噴石の落ちる音で掻き乱され特定できそうにもない。


「このうち、音は風の領域。光は火と雷の領域。そして熱は火の領域。

 五大元素のうち、もし火を自在に操る力を得られたならば、僕の力はより強大になるとは思わないかい?」


 この世の全ては、五大元素の構成の割合によって千差万別に生み出されている。その中でも“爆発”は、確かに“火”の占める割合の多い概念であるが、ブラスディオスの目的は“火の神”を手中に収めることで自身の力を増強することなのだろうか。


「強大な力には、同じく強大な力が引き寄せられる。しかし、更にそれすらも超越した強大な力を手にしたならば、もはや敵と呼べるほどの相手はいなくなる。

 そして全てがその力の前には、ひれ伏し、首を垂れ、服従の一途を辿るほかなくなるんだ。

 それこそが、僕の望む未来だよ」


 どうやらウェリアンの想像通りらしい。彼は強大な力によって世界を武力制圧し、その力への恐怖によって支配したいという、実に単純な願望を抱いているようだった。


「だが“火の神”はね、そもそもこの世界には姿を現さないんだ。

 いや、現せられないと言った方が妥当だろうか」


 降り注ぐ、直径50cm以上にもなる噴石の雨あられ。それらをゼヴァルディアは躱しつつ動き、一方でブラスディオスはそれらを爆破しながら優雅に歩く。


「神々は、その存在の認知度によって力を増すんだ。そして、その存在の神として崇められるほどその存在は色濃くなり世界に更なる影響を及ぼす。

 ではここで楽しい楽しいゴッドクイズタ〜イム🎶




 このフローガの町で信仰されているのは、果たして“火の神”でしょうか??」




 その瞬間、ゼヴァルディアはブラスディオスの姿を捉えた。彼は、広場の真ん中にある聖炎のそばに腰掛けており、まっすぐに火山の方を見つめていた。


 今すぐに、この瞬間で決着をつける。そう決心し、ゼヴァルディアはほぼ条件反射のように両手をブラスディオスに向けて伸ばし、腰を落として構えた。“嵐の神”の子ヴァルグレイブを仕留めた時と同じように、彼の上半身を狙いすまし。


 しかし寸前、ブラスディオスはゼヴァルディアの位置に気がついていたのか、こちらを見て、これまで以上に口角を吊り上げた。


「この町に“火の神”はいない。正確には、いたとしても弱いんだよ。存在がね」


 直後。ゼヴァルディアは身を隠していた建物の中心に一気に引き寄せられる感覚に襲われ、それに耐えようと踏ん張った刹那。




 建物ごと、街の一角は『炎の神殿』のように辺りを抉り取るほどの大規模爆発を巻き起こした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 『炎の神殿』のあった場所は、地獄のように凄惨な光景を映し出していた。走ってくる途中、大爆発が起きたため嫌な予感はしていたのだが、これほどまでとは想像だにしていなかった。


 現場はところどころ黒煙が上がり、地面は大きく抉れ、辺り一帯には石片とともにが散らばっている。神殿そのものは、床の大理石のほんの一部分しか残っておらず、巨大な柱の並立した入口も、縦横5mはありそうな巨大な壁画も、解説の刻まれたいくつもの石板も、全て粉々に吹き飛んでしまっていた。


「・・・・・」


 どうして、こんなことになったのだろうか。ここで、ゼヴァルディアと半神との間に何が起きたのか。ゼヴァルディアの姿も見えず、件の半神と思わしき人物も見当たらない。それどころか、生きている人間すらほとんどいないのだ。


 かろうじて瀕死で留まったのだろう。しかしながら、むしろ一瞬で爆発で命を落とした方が楽だったかもしれない。そう思わせるほどに、生き残っている者たちの様相も凄惨だった。全身は火傷に覆われ、身体の一部分は欠損し、傷口すら焦げて血も出ない。


 声帯も焼かれたのか、空気が抜ける音しか出せず、助けも呼べず、ただ地面を這うことしかできない。そんなあまりに惨たらしい現実に、ウェリアンはただ俯き、肩を振るわせることしかできなかった。




 ふと、そんな時だった。

 神殿のあった位置から、突然小さな火が灯り光を発し始めた。




「・・・?」


 先ほどの爆発の名残であろうか。熱がまだ残っており、自然発火したのだろうか。ということは、その燃料となるものがそこにあるはずである。そしてそれは、おそらくそこにいた人間の遺体であろう。


 せめてもの慰みと思い、ウェリアンは神殿の跡地に足を踏み入れた。爆死してなお焼かれる人間を憐れみ、その火を消してあげようと思い立っての行動だった。


 しかし、神殿の跡地に足を踏み入れた瞬間。




――――待て。

    そなた、よもやこの灯火が

    見えるのか?




「・・・?」


 どこからともなく、荘厳な声が聴こえてきたのである。しかし辺りを見渡しても、とても喋れるような状態の人間は見当たらない。


――――そなただよ。

    そこの、『聖域』に

    足を踏み入れてる、

    そなた!


 キョロキョロと辺りを見渡すウェリアンに、先ほどの荘厳さはどこへやら、少しの焦燥を交えて声は続けて聴こえてきた。


「え・・・、私?」


――――そう、そなただ。

    そなた、我が渾身の灯火が

    見えるのか?


「え・・・、渾身のって、このちっちゃいののこと?」


 彼女が消そうとした火は、ろうそくの先に灯ったような小さな火であった。


――――ちっちゃいのって、

    貴様!!

    他者の努力を

    そう嘲るものではないぞ!!


 何やら謎の声に絡まれている。状況が状況だけにウェリアンは混乱を重ね、むしろ一周回って冷静になっていた。


「そうだけど・・・、あなたは誰なの?

 私の姿が見えてるの・・・?」


――――似たような質問を返すな!

    話がややこしくなる!


 どうも調子が崩れる。つい数分前まで抱いていた複雑な感情を吹き飛ばすかのように、その謎の声は実にマイペースに、ウェリアンへと語りかけてくる。


――――そなたにもわかりやすいように、

    順に話をしてやろう。

    我が名は・・・


「ちょっと今それどころじゃないから、後にして?」


 しかしウェリアンはこんな変な声に関わっている場合ではない。一刻も早くゼヴァルディアを見つけ出し、半神に負けないよう情報を探る必要があるのだ。


 焦りから声を遮り、小さな灯火を消そうと近寄る。すると、そこにはなんの燃料となる物体もなく、よくよく見ればその灯火は地面から浮いて燃えていた。


「え・・・?」


――――貴様、まさか我が話を

    遮るとは思わなかったぞ。

    少し驚いてしまった。


 その灯火はそのまますうっと位置を変え、ウェリアンの顔の高さまで浮かび上がった。まるで人魂のように、その灯火は語り続ける。


――――我はこの『炎の神殿』に

    封印されし神。

    神殿が吹き飛び、

    “炎の神”などという妄想が

    排除されたことで、

    どうやら封印が解けたらしい。


 灯火はゆらゆらと燃えながらも、声色を一定に放ち続ける。その声はウェリアンの頭の中に直接響いてくるようで、耳を塞ごうとも声の大きさは変わらない。


「封印されていた神・・・? ということは、あなたが“炎の神”なの?」


――――仮にも祀っている神を

    封印して崇めているとしたら、

    この町の人間皆

    イカれておるだろうが!

    そんなわけあるか!!




    我こそは“火の神”。

    世界の根源である

    五大元素がうち、

    “火”を司る大神であるぞ。




 灯火から発せられたその言葉に、ウェリアンは思わず心臓をキュッと掴まれたような感覚に襲われた。

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