第7話 半神ブラスディオス

 爆発の衝撃波で耳がやられ、さらにその爆風と、それに飛ばされてきた幾つもの石片や人々の肉片に全身を打たれ、ゼヴァルディアはもんどりを打って倒れ地面を転がった。


「くっ・・・、あぐ・・・!!」


 半神ゆえに至近距離での大爆発にも耐えられたが、あたりを見渡すと、神殿の外にいたはずの人間も軒並み吹き飛ばされ、誰も彼もが身体のあちらこちらを欠損して絶命していた。


 うめき声や悲鳴が聴こえるあたり、まだ生存者はいるのだろう。しかしまさか、自分が祈りを捧げるように人民に差し向け、それを逆に利用されるとは甚だ想定していなかった。




「ああ、そこにいたのかい。

 ごめんよ、うまく見つけられなくて、丸ごとお掃除しちゃった」




 若い男の声がする。声色からしていかにも胡散臭い、詐欺師のような声。飄々とした口調で話しかけてくるその人物の顔を、ゼヴァルディアは仰向けに寝ながら見上げた。


「君が、半神だね。噂の。

 話には聞いていたけどね。まあ、慎重になるほどの者でもなかったか」


 その男は、ゼヴァルディアよりも少し背が低いくらいの痩身の男だった。長い金髪は後頭部で結い上げ、細く切長の目は開いているのか閉じているのかもわからない。ニヤニヤと吊り上がった口角は、常に相手を嘲笑するかの如く不快感を滲ませていた。


「・・・お前が、件の半神か」


「ご明察♪ ま、ここまできてわからなかったら底なしの間抜けだけれどねぇ」


 ゼヴァルディアは仰向けになりながらも、既に臨戦体勢にあった。いつでもこの男の首を飛ばせる。そんな状況にありながら、未だ仕掛けられずにいた。


「聞いたよ。キミも“火の神”の噂を聞きつけてやってきたんだってことも。

 ・・・僕を殺しにきたってことも」


 はじめに仲間に取り入れようと国王に目的を明かしたのが間違いだった。この男の語り口から察するに、やはり相当な脅しをかけられていたのだろう。いかにも詐欺師のような掴みどころのない態度ではあるが、得体の知れない不気味さがこの男にはあった。


「でも残念。ここで聞けたのはどれもこれも“炎の神”の話ばっかり。

 で、さっきもその“炎の神”とやらに救いを求め始めたから、なんかムカついて丸ごと吹き飛ばしちゃった」


 話では、この男は“火山の神”の子のはずである。背後で火山が大爆発を起こしているのはわかるとして、なぜ『炎の神殿』までもが爆発を巻き起こしたのだろうか。


「ま、というのは建前でね。本当はきみを捜していたんだ。

 僕を狩りにきたのが人間なら警戒するまでもないんだけれどさ。相手が半神ともなるとねぇ。

 ちょっと、話が大きく変わってくるでしょ?」


「お前の目的は、統一王国ガルグメシアの再建だと聞いたが」


「あ〜、何? あの国王の爺さん、そんなこと漏らしちゃったの?

 やっぱり口止めは大事だねぇ。ちょっと遅いくらいだったか」


 男の口角は上がりながらも、その目は一切笑っていなかった。


「ま、知りたい情報は得られたんだし? 用も無くなったから消したんだけどね。

 行ってごらんよ、今なら王宮の中も見放題だよ♪

 まあすぐ噴石と溶岩の下に埋もれちゃうけどさ」


「なんのために人民を殺した」


 王宮の人間は口封じのために殺した。それは理解できるが、わざわざ火山を爆発させ、さらに避難した人間をまるごと吹き飛ばした動機に関しては一切謎だった。


「なに、キミって人間もみんな犠牲なく平和に行きましょうって感じなの?

 いろんなひとがいるからいいけどさ、僕は全く興味ないねえそういうの。


 気分だよ、き・ぶ・ん⭐︎」


 その瞬間、ゼヴァルディアは一瞬のうちに起き上がり左指先を男に向けて伸ばし、大きく音をバチンと鳴らした。


 しかし全く同時、予測していたかのように男もまた上体を大きくのけぞらせ、さらにゼヴァルディア同様指を軽くパチンと鳴らした。


 轟く爆音。つい先程まで男の顔があった空間を、見えない何かが一瞬で通り抜ける。そしてそれと同時に、寸前までゼヴァルディアが寝ていた地面が大きくえぐれるほどの爆発を引き起こした。


 一瞬のうちに間合いをとる二人の半神。緊張の糸が張り詰めた中、ゼヴァルディアは一つの確信を得た。




「・・・お前は、“火山の神”の子ではないな」




「ご明察♪ では改めて。

 我が名は“爆発の神”の子《ブラスディオス》。


 よろしくね、“半神狩り”ゼヴァルディアくん」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 爆発の能力は、想像を遥かに超えて厄介かつ強力だった。火種となるものさえあれば、どんな規模でもどんな状況でも容易に爆発を引き起こすことができ、誘爆を自ら招くこともできるのだ。とにかく動き回り的を絞らせないように走っているが、それでも手数が多すぎることもあり全ては防ぎきれない。


 気がついた頃には、全身が焦熱と地面を転がった際の土と擦り傷まみれになり、防戦一方ながら反撃の糸口が掴めずにいた。


「ほらほら、逃げ回ってばかりいないでキミの力も見せてごらんよ!

 キミは何の神の子なんだい?」


 余裕綽々といった様子で次々に爆発を引き起こし、獲物を追い詰めるブラスディオス。反撃の余地を与えないのは、ゼヴァルディアの能力を使わせずして予測し完封しようとする、彼の慎重な性格ゆえの立ち回りだった。


 ともあれ、このままでは埒があかない。ゼヴァルディアは一か八か、それまでの走る方向から舵を切り、ブラスディオスに向けて真っ直ぐに突っ込んだ。


 彼の駆けるスピードならば、肉薄するまでおよそ2秒。そのスピードならば、爆発するよりも速くたどり着ける。


「おっ」


 流石に余裕が無くなったのか、先程まで饒舌だった言葉は詰まり、常に上がっていた口角も我知らず下がる。しかしながら視線は真っ直ぐに、一直線で突っ込んでくるゼヴァルディアを捉えて離さなかった。




 1秒。

 突っ込みながら、右手を前に突き出し、ブラスディオスを捉える。爆発は来ない。


 そして、肉薄する次の1秒。

 爆発を受けることなく躱すこともなく、ゼヴァルディアはその頭を消し飛ばさんとばかりに、ブラスディオスの頭部めがけて力を放った。




 しかし、またしてもゼヴァルディアの攻撃は空を撃ち抜いた。

 確実に捉えたと思われたブラスディオスの身体は、一瞬のうちに真上の中空に投げ出されたのだ。




 そして同時。彼が先程までいた地面は爆発を引き起こし、ゼヴァルディアは自らその爆発へと突っ込んでしまった。


「くぁっ・・・!!!」


「ぐぅっ・・・!!

  やるね、この僕に緊急回避術を使わせるなんて・・・!!」


 ブラスディオスの緊急回避術。それは、自らの至近距離に小規模爆発を起こし、その爆風と衝撃波で一気に身体を吹き飛ばして敵の攻撃を回避する手段である。


 しかしながらこれは自らもある程度のダメージを負うものであり、慎重で完璧主義のブラスディオスにとっては切り札に近いくらい使いたくない技だった。


「だが、その爆発をもろに食らったが最後だよ・・・!」


 中空から爆発に巻き込まれるゼヴァルディアを見下ろしつつ、更に小規模の爆発を彼に向けて連続で放った。


「ぐあぁぁっっっ・・・!!」


 それは、一方向へと一気に飛ばす連撃だった。一発放ち、その爆風で飛んだ先で、更に加速させるように同じ方向へ爆風を当てる。それを三、四回繰り返すだけで、ゼヴァルディアは盆地から投げ出され、市街地の方へと吹き飛ばされてしまった。


「さて、短期決戦といこうじゃないか!

 僕が爆発させたイフェスティオ山。あれを、これから更に大規模に爆発させる。




 降り注ぐ噴石、流れ来る溶岩。その中で、キミはどうやって戦うのかな?」




 朦朧とする意識の中、ゼヴァルディアはなおも頭を必死に働かせて考えていた。


 つい数刻前まで一切姿も表さず噂にも流さず、情報もひた隠しにして用済みになったら殺害して口止めするような慎重な男が、なぜ自らも危険な場に乗り出してまで短期決戦に持ち込もうとしているのか。


 ひとつ確かに分かっているのは、ブラスディオスには完全に攻撃を防ぐような防御手段はなく、攻撃特化の力しかないということである。そうでなければ、先ほどのゼヴァルディアの突進など容易く回避できただろう。


 また場所移動の理由としては、先ほどの場ではもう一度来られた時に、今度は防ぎきる自信がないからだと考えられる。つまり爆発で間に合わない速度の攻撃には弱いということだ。


「本来は相性がいいはずなんだが・・・」


 さて、ジリジリと肌を焦がすような熱が刻一刻と迫る中。どうやってこの強敵を倒したものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る