カサブランカを瞳に宿して

@luna_yueee

第1話

 ─────────




 辺り一面が真っ赤に染まる



 どこを見渡しても、血生臭い臭いが鼻を刺激する



 目の前で叫ぶ人々の声が、どこか遠くで聴こえる喧騒のようだ




 瞬く間に“赤”で染まる自身の手を見つめる






 ──────、、あぁ。汚い







「た、助けてッお願い!」


「違うんだ、!きっと、なにか勘違いを、、!」







 何を言っているのか、分からない



 否、聞こうとしなかったのだろうが。



 最も、煩いのに変わりは無い。





 赤黒い手を、眼前の喋る肉塊に向けて翳す





「い、いやッ」








 ふと、時が止まった




 背の方から白く強い光が放たれる




 その瞬間、視界が闇に包まれた















 ──────────







 ◇








「起きろってば!おい、リリー!」





 暗闇から逃れるように目を開けると、眉根を寄せた兄の顔が視界いっぱいに広がった。

3歳の時から一緒の家で育ち、その頃から優秀だった兄を尊敬してはいるものの、所詮は兄。あまりの近さに嫌気がさしながらも、今日くらいは感謝してやってもいいか、と体を起こす。




「やっと起きたか。父上はもう出てしまったけど、母上はまだ居らっしゃるから、挨拶だけでもしてから家を出るんだぞ」




『分かってるよ、兄さん』






 相も変わらず小言をツラツラと言ってくる兄を横目にリリーは身支度を始めた。




『ねぇ。着替えるんだけど』




兄に冷たく言い放ち自室を出ていってもらう。まったく、政府から課せられた軍務をこなすエクエス家長男を鼻の先であしらうのは後にも先にもリリーしかいないだろう。


リリーは戦術魔法学習資格取得試験に合格した。12歳になると一般の学校に通っていた者も、魔法学校に通っていた者も、必ずこれを受験しなければならない。合格すると、魔法学園入学試験を受けることが出来る。(資格取得試験に合格できなかった場合はその時点で普通科の高校に進学することが決定される。もし受かっても入学試験が落ちればその際も普通科の学校に通う事になる)

資格取得試験はほぼ崖っぷちでの補欠合格だったが、合格者のうちの1人が資格を放棄したため、魔法学園入学試験を受けることが出来た、とあとから父に知らされた。


世界には魔法学園がいくつかあるが、リリーは長男のルーカスが卒業したラクストルム学園を受験し、筆記の試験で2位以下を寄せ付けない成績を収めた(実技は筆記に比べ著しく劣っていたため首席入学は出来なかった)

しかし、



ラクストルム学園の制服は女子の場合、真っ白のYシャツの上に黒もしくは紺(リリーは黒)のオーバーオール型ワンピース、お決まりの黒いローブで赤い紐リボン。

男子は同じく真っ白のYシャツに黒のスラックス、黒のローブで紺色のネクタイと言った、非常にシンプルなデザインだ。




『はぁ。面倒くさい』





真新しい制服を身に着けながらそんなことを言ったら、呆れた顔をする母の顔が真っ先に浮かんだ。

如何せん、“物事の効率”と“命”を人生の天秤にかけている彼女には何を言っても無駄である。




『、、行くか。』





行きたくないと思いつつ、家名に傷をつける訳にもいかないので、重い足を引き摺りながら母の元へ挨拶へ向かった













───────








「あらリリー。制服がとっても似合っているじゃない」




リリーは母、エミリアのいる離れにやってきた。

エミリアが自ら手入れをしている庭園の中央に位置していて、来る度に別世界に入り込んだ気分になる。



『ありがとうございます。母様』




リリーの“母様”という言葉に、エミリアは毎度飽きずに笑みを浮かべる。リリーが8歳の時からそう呼んでいるのにもかかわらず、笑みを浮かべる母に少なからず喜びを覚えているリリーも大概であるが。


“母様”と言っても、慕っているから故そう呼んでいるが、実際はリリーの叔母にあたる。エミリアは温厚な人物で、どんな人間にも底なしに愛情を注いできた。

その愛情は義姪リリーにも注がれた。エクエス家当主、エミリアの夫であるレオンハルトが、その兄にあたるベルノルトの3歳の娘リリーを引き取り、育てると言い出した時、“あなたが決めたのなら”と快く受け入れた。

物心着く前から施設に入れられ、子供が全うすべき“義務”、人であるなら誰もが持っている“権利”を切り捨てなければいけなかったリリーが、これほどまで真っ当に育ったのは、紛れもなく母、エミリアが居たから故である。





「リリー、近くへいらっしゃい。」



『?、はい、母様』





エミリアに言葉に少し疑問を抱きながらも、室内のデザインに合わせたアンティーク風アームチェアに座る母に近づいた





「長い髪も素敵だったけど、短い髪もよく似合ってるわ。」





エミリアがプラチナブロンドのリリーの髪に触れる


実技重視の学園に入るのならば髪は邪魔になる、とあっさり髪を捨てたリリー

今現在は肩につくくらいの髪の長さで、本人曰く“非常に快適”らしい





『切った時はもう少し短かったんですけど、もう伸びてきてしまいました。』


「いいじゃない。ちょうど髪を結うことができる長さになって嬉しいわ。」





この人、まさか、、。



エミリアの言葉にリリーは思わず後ずさりしてしまいそうになってしまった。

髪を結ぶ、そんな女子らしいことは生まれて此の方したことは無かった


まさに今、リリーの髪に手を伸ばしているエミリアの手を避け数歩後ろに下がった


エミリアはリリーの髪を結おうとしていたのだ





『母様、何をなさるおつもりで、?』



「うふふ、怖がることないわリリー。こちらにいらっしゃい」






あ、終わった











♢












「行ってらっしゃいリリー。クリスマスにはしっかり帰ってくるのよ」





『行ってきます母様。』






結局、リリーの抵抗も虚しくエミリアの手によって綺麗なハーフアップ、所謂“女の子らしい”髪型になった



髪を解こうにもエミリアが魔法をかけたので、まだ1ミリも魔法を習ったことがないリリーには到底無理である






『 (ここからだと、転移広場まで1時間くらいか) 』





ラクストルム学園は最古とまでは行かないものの、それなりに長い歴史を持つ魔法学園だ。それ故に、学園のシステムもその他の魔法学校とは異なる。

歴史が長いということもあり、民家とは程遠い場所に学園があるので、自家用車や徒歩では到底たどり着くことが出来ない。そのため“転移広場”と言って、ラクストルム学生専用の転移場所がある。

教員や学生以外が使用することは禁じられていて、新入生を迎える時、冬と春の長期休みの時にしか使えないため、遅刻をして間に合わなかったら次開く時まで待たなければならないというデメリットがある



リリーの実家、と言っても育った家だが、エクエス家は国の人間で知らぬものは居ないだろうと言われるほどの富豪で、さらに政府の中でも頂点に達するほどの権力を持っている

そのためか、長男ルーカスが入学する時も、次男アルドルが入学する時も、三男カルロスが入学する時もそして、今年リリーが入学することになった時も、学園側はめげずに専用通路を通るように言ってきた。が、当主であるレオンハルトが全て断っているので、リリーたちは一般生徒と同じように転移広場を使う






『おはよう、ドミニク。今日はよろしく』



「おまかせを、リリー様。さぁ、お気をつけて」




この家の使用人の中で1番長く仕えているドミニクが、転移広場まで送ってくれる

もちろん、3人の兄たちもこのドミニクが送っている。

エクエス家にとって1番信頼のおける使用人であることが理由であるし、リリーたちも生まれた時から一緒にいるため、毎回ドミニクが送り迎えをしているそう。





『やっぱり、相変わらず変な乗り物だよ。車でも馬車でもない』




「まぁまぁ、そう言わずに。乗り心地はよろしいですか?」



『うん。中は最高。外見が最悪なんだ』





そう言ってしまうのも無理ない。この乗り物はタイヤもないし、馬車かと思ったら馬が居ない

ただ、御者(ドミニク)はいるし、手綱を握ってるのでそれらしいのはいるみたいだ。






『ドミニク、少し寝る。』





入学式が始まる前に既に疲れているが、この先がとてつもなく不安だ。

そもそも、筆記だけで入ったような私が魔法を満足に学ぶことなんてできるのか?

到底そうは思えないが。


悶々と考えながら、リリーは深く眠りについた










♢









──────────



──────






「、、──さま、、リリー様、リリー様!」




『、、っんぅ』




「到着いたしましたよ」




『あぁ、、ありが、、、、とう』





ドミニクの声に夢の世界から現実へ引き戻されたリリー。過去一番寝起きが良かったんじゃないかと言うほどすぐに脳が目を覚ました。

息を吞む、と言った方が正確だが。






『(ここが転移広場だと?、、いくらなんでも広すぎだろ)』




ドミニクに支えられながら馬車から降りると、そこには信じられない光景が広がった

エクエス家もかなりの富豪のため、敷地はとんでもなく広いのだが、それを優に超えてきたのだ


転移広場は高さ10mくらいの噴水台を中心に円形になっており、円周に沿って転移魔法陣がしかれている




『(待て、、これどこの魔法陣から学園へ飛べばいいんだ?)』






ラクストルム学園、と言うより学園自体に興味がなく全く手順を確認してこなかったリリーは、どこでどうして学園へ行くか分からなかった。

もちろん御者、もとい使用人のドミニクが知るわけもない




『なぁドミニク、、って、もう居ない』





さては逃げたな。


せめてもの救いと思っていたドミニクを恨みながら、“仕方ない”とそれぞれの転移魔法陣のところに立っている教員らしき人に事情を聞きに行く。





『あの、すみません、。』



「なんだ、お前は。」



『あ、えっと、、』





最悪。話しかける人間違えた


リリーが話しかけた人物は、服装こそ小綺麗なものの、顔立ちや体つきが屈強な男で、聞こうにも聞き辛い。

今更ながら、“なんでエクエス家だと気づいてくれないんだ”と心の中で文句を言う





『ふぅ、、、すみません、学校から詳しい資料が届かなかったみたいで、どこの転移魔法陣を使えばいいか分からないんですけど、、』




「ほぉ、なるほどな。そりゃわからんでも仕方ない。お前、新入生か?」




『そうです。(なんだ。意外と優しい)』




「新入生なら使える魔法陣は一つだけだ。」




『一つだけ、ですか?(こんな大量にあるのに?)』




「ほら、あそこに細いのが立ってるだろ?あの場所が新入生専用入口だ」




『わかりました。ありがとうございます。』






“細いの”と言われていた同じく男性の元へ行くと、自分と同じような格好をした男女が列を作って並んでいた





『(私も並ぶか、、)』





長い列に気を失いそうになりながらも最後尾に行こうとすると、“細いの”と言われていた男性がリリーを呼び止めた





「そこの君、ここに来たまえよ」




『、、はい』






何。私なんもしてないけど


目立たず地道に卒業を目指そうと思っていたリリーは、項垂れるように男の近くへ歩み寄った

列を作っている生徒ほぼ全員がリリーを見つめる





「エクエスって、あのエクエスだよな?」


「どんなすごい力を持ってるのかしら」


「でも噂じゃ、実技はボロボロだったみたいだがな」





コソコソ話し出す同級生たちを軽く睨みながら口を開く





『なんです?』




「おぉ、これは失敬。僕はラクストルム学園アウィス寮の寮長、タイラーだ。」





アウィス寮──────


たしか、『空の支配者』を謳う寮だったかな、、。


ラクストルム学園には5つの寮が存在する。

と言っても、1学年はクラス関係なしに入学試験の成績で部屋が決まるため、5つの寮に組み分けはされない。


アウィス寮は大胆な戦法で勝利を掴むのが特徴だった気がするけど、、この男からそんな大胆さは見えないな、と密かに思うリリー。






『寮長、、ですか。それで、私に何か御用で?』




「、君は、エクエス家のご息女だろう?だから一般生徒とは違って“貴族門”を使うと思っていたがそうでは無いと聞いてな。ならばせめてもの学園からの計らいで1番最初に転移して頂くことになったんだ。」





『、、、ハァ』





リリーは鼻で笑いそうになるのを堪えた。


口先だけで本心はエクエス家、と言うより私の事を言葉の通りに崇拝しているようには見えない。

なにせ、初めの一言が“そこの君、ここに来たまえよ。”と、見た目とは真反対にでかい態度だったしな。





『、、お心遣い感謝します。』



「では早速、、『しかし、』




は、、?」





『学園は、、、いえ、これだと主語が大きいですね。


あなたは、私の事は愚かエクエス家の事を心の底から崇めているようには見えません。もちろん、崇める必要などありませんが。貴族門を使わないのには理由があります。だから私はこの列に並びますし、そもそも一般生徒という言い方は間違いです。学園に入学した年が同じなら同級生。生徒の中で家柄差別なんて必要ですか?実力は同じ、もしくは内部進学者より劣るはず。私は、優遇されるほどの鬼才の持ち主ではありませんので。』






最後にタイラーをひと睨みして列の最後尾へ向かったリリー

背後から暴言を浴びせられるが気にしない様子で歩く





「リリー・エクエスめ!下手に出れば見下しやがって!お前の学園生活はもう終わった!地獄の日々を送るがいい!」






『(恥ずかしい野郎め。自分が何を言っているのか気づいていないらしい。)』





リリーの態度に憤慨したタイラーは、ローブの下に隠し持っていた杖を出し、リリーの背に向けて魔法を唱えた



否、唱えようとした



再度タイラーの方を振り返ったリリーの菫色の瞳がほんの一瞬、赤く光った。

しかし、正面からリリーの瞳に囚われたタイラーは、長い時間味わうはずだった“恐怖”を一瞬にして体感してしまった。

生きた心地がしないとは、まさにこの事である。






『さて、、、地獄を見るのは、どっちかな?』













♢











「あなた、すっごいかっこいい!」




『、そう。良かったな』




「ねぇ、リリーって言うんでしょ?私マリーっていうの!名前がとっても似てない?すごく運命的だと思わない?」




『いいえ。、、、はぁ、ねぇ悪いけど、話しかけないで貰える?』





広場での一悶着を終え(タイラーは連れてかれていた)、無事転移魔法陣にて学園へやってきたリリーは学園のエントランスに張り出された部屋割り表を見て、自分の部屋に向かった



既に先客がいて軽く挨拶をすると、金髪のふんわりした長い髪をピンクのリボンでふたつに括った彼女はそれでは済まさず、間髪入れずに今朝の出来事を話し続けている





「この部屋、あと2人来るんですって!私たち一番乗りね!」





ついにマリーの言葉を無視し始めたリリーは、無視はしつつも、この部屋に来るあとの2人はこのマリーよりましな人間だろうか、と少しは気にかけていた。


ある程度の荷物を整理し終えて、入学式までまだ時間があるので、リリーは今朝の広場での出来事を思い浮かべた



あの時、確かにタイラーは杖しか手に持っていなかった。本来ならば、座学で学んだ程度しか知らないが、魔法書(魔法戮力書)と言った魔法を繰り出す時に必要且つ共通の魔道具が必要のはず。一般の魔法士たちは、リリーが見てきた中で誰もが杖と魔法書を持ち魔法を繰り出していた。父や母、兄たちもである。




『(魔法書なしで魔法が使えるのか、、。知らぬ間に魔法発動の条件が変わったのか?)』




「あなたさっきからずっと百面相してるわね、、」





ちょうどいい(かは分からない)タイミングでマリーが再び話しかけてきたので、とりあえず聞くだけ聞くか、とマリーの方を向く





『あのさ、今朝のを見てたならわかると思うんだけど、タイラーが私に杖を向けた時、魔法書を持ってなかっただろ?その状態でも魔法を発動できるのか?』




「んーっとね、ほとんど不可能よ。」




『ほとんど、?じゃあタイラーはそのほとんどの中に入ってるってことか?』




「いいえ。魔法発動時のオーラが非常に残念なものだったから、彼は完璧ではなかったわ。」





魔法発動時のオーラ────



とは、人間誰しも身体から溢れるエネルギーを持っているが、魔法を使う者はそれを魔力源とし、宇宙へ干渉する。当たり前に、その際、エネルギーの流れが“見える者”には見ることが出来る

リリーは違うが、マリーは“見える者”らしい




『残念って、、(酷い言われ様だな)』




「私、お父様が上級魔法士に類されてるのだけど、そのお父様でさえ魔法書なしで完璧に魔法を繰り出すことはできてないの。本当に完璧な人は、もっと、無駄がないって言うか、見ていて癒しになるくらい美しいの。」




『そうか、、。』





マリーは先程の元気ハツラツな様子とは反対に、別人のごとく魔法について教えてくれた。

本当の彼女はこっちなのかもしれない






「あーっと、、ちょっと真面目に話しすぎちゃったわね!ごめんなさい」




『、なんで謝る?』




「あー、、だって、お金持ちの娘で、可愛がられて育ってきたのに、知識が沢山あるっておかしいでしょ?」




『、、いや?思わないけど。』





リリーの予想しなかった返答に驚くマリー





『“お金持ちの娘”って言うなら私もそれに含まれるけど、別におかしくないだろ。それに、本気でそう思うなら、入学試験は手を抜くべきだ。』





「それは、、」




『この部屋は入学試験の成績で決まるだろ?マリーって言われたから気づかなかったけど、あんた入学試験の順位5位だっただろ』






マリア・フロース


興味本位で見た試験の順位表で唯一目に止まった名前だったな。

彼女は、筆記試験ではリリーとは程遠い成績だったが、実技は上位5名の内に入っており、総合成績で見たらリリーと同等であった。





『純粋に尊敬するよ。私は知識しか持ち合わせてないからな。』




「そんなことないわ!だって、私見てたもの。実技試験の会場同じだったじゃない」




『あれ、そうだっけ。』




「もう!ひどい、、」




『とにかく、私はあんたを凄いと思ってるから。別に隠す必要は無い。』





ラクストルム学園は、実力社会だ。

勉学に励んで、それにおいて成績を取れても、魔法戦闘能力が劣るのならばそれまで。逆もまた然り

全ての能力を総合的に底上げしなければ、この学園で生き残ることは不可能に近いだろう


























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