バカルカントデバッカーズ

芸州天邪鬼久時

プロローグ

高校二年の春、月坂翠つきさかみどりは死にたくなっていた。

死にたい理由は見つからない。

ただ漠然と希死念慮に取り憑かれる。

つまらない現実。

まるで自分の体が自分のものではないみたい。

この体は借り物で、いつか帰るべき場所が自分を待っているように感じた。

お釈迦様の考えではこの世は全て借り物で出来ているらしい。

だとするなら俺はこの借り物の体を今すぐに返却したいと思った。

理由は分からない、理由などない。

生きていたって楽しくない出来事と将来への不安のオンパレードだ。

今日生きて、学校の帰り道を歩いているだけで、春なのに不安だけが俺の体に深々と降り積もる。

皆が観ているピンク色の花びらが、俺にはなぜか灰色に染まって見えた。

ある日のことだった。

このまま目をつむれば目が覚めなければいいのにと思って眠りに就いた。

深い眠りに落ちる。

行き着いた場所は、廃墟だった。

無意識に廃墟を歩く。

ただひたすらに、これが夢だと分かっていながら。

そうして疲れ果てて柱を背にして座った。

何もない夢、だけどひどく落ち着く。

何故ならここでは、歩いていればいいだけなのだから。

出口は見えない。

きっと、歩き続けても永遠にあるのは闇だ。

永久に彷徨い歩ける自信があった。

大嫌いな現実よりも、無限に歩き続ける虚無の方がなんだか心が安らいだ。

さて、そろそろまた歩こう。

「ねぇ、まだ歩くの?」

突然、そんな声が聞こえて来た。

気づけば違う柱を背にして座っている少女がいる。

「あぁ、歩くよ」

無意識にそんな言葉を発する俺がいた。

どっこらせとおじさんくさい口調で重い腰を上げる。

するとまた少女から声をかけられた。

「ねぇ、あんた、名前は?」

「月坂翠」

「あたしは東条玲奈とうじょうれいな17歳」

「俺も17歳だ、奇遇だな」

「ねぇ、あんたもしかしてだけど、死にたいとか思ってない?」

グサリと心に矢が刺さったような音がした。

ため息をついた。

不愉快だ。

自分でも何に対して不愉快なのかは分からないがとても不愉快で、心がかき乱されるのが分かった。

「悪いかよ?」

「いや、別に悪くはないけどさ、その先に行ったら死ねるの?」

「分からない。ただ、夢から覚めなきゃいい、このまま歩き続けたらなんでもない所に行ける気がして」

「そっか、でもどうせなら一緒に行ってくれない?」

「何で?」

「二人でいると寂しくないから」

そこでようやく俺はまともに彼女の顔を見た。

実によく整った顔立ちに背中まで赤く染めた髪を伸ばしている。

「死ぬのなら一人でよくないか?」

「私は死ぬときには誰かに看取ってほしいな」

「そっか、誰かに出会えると良いな」

「君は私を看取ってくれないの?」

「俺にはそんな願望ないよ。俺にはもう何もする気力はないんだ」

「ふぅん、でもさ、それならどうして歩き続けるの?」

「そうだな、なんとなくだけど、歩き続けたら地獄へ行ける気がして」

「えぇ、やだよ、天国に行こうよ」

「いや、どのみち、一本道なんだけど」

「そりゃそうだけどさ、どうせ死ぬなら明るい願望を持とうよ」

「それじゃあ東条さんは、天国を思い描きながら歩けばいい」

「むっ、なんでそう言う話になるかな。あのね、一緒に居たいってのはダメなのかな?」

そう言う彼女を再び視界にとらえた。

いつの間にか俺の後ろに居た。

今の気持ちを率直に伝える。

「どうでもいい。着いてきたければついてきてくれ」

「じゃあおぶって」

これにはさすがの俺も困惑した。

つい先ほど知り合った女性を背中に背負って歩くなんて、そんなことが倫理的に許されていいのだろうか?

それにそんな事をしたら目が覚めてしまいそうで。

「それは無理だ」

「どうして?」

「男女七歳にして席を同じゅうせずって言うだろ?」

「何それ?」

「年頃の男女は適切な距離を取るべきですっていう意味の言葉」

「そうなんだ」

そう言って東条さんは俺の背中に乗ってきた。

「話聞いてた?」

と、抗議をしてみる。

「翠がまともな男の子だってことが分かった」

俺は大きくため息をついて彼女の足を抱えて歩き出した。

だがそれもつかの間、現実に体が引っ張られる感覚に思わず声を出した。

「ごめん、俺、目覚めるから」

そう言って俺は急いで彼女を地面に立たせた。

「それじゃ」

別れの言葉を言う必要なんてない。

彼女はただの俺の夢の中の登場人物に過ぎないのだから。

そして雀の鳴き声と共に目が覚めた。

スマホの時計を見る。

時間は、アラームが鳴る10分前だった。


憂鬱な気分を抱えながら登校をする。

いつも通りの朝、いつも通りの道、いつも通りの灰色の桜吹雪。

何もかもがいつも通りのはずだ。

朝のホームルーム。

「転校生を紹介する。どうぞ」

どうせ接点なんて必要ない。

だというのに何となくその転校生が気になった。

転校生は赤い毛をした美人だった。

どこかの誰かに似ている。

黒板に書かれた文字には、東条玲奈とうじょうれいなと書いてあった。

彼女と目が合う。

すると、俺と視線を合わせた瞬間、彼女は確かにうっすらと笑った。

何だか気まずくなって校舎の外に目をそらす。

他人の空似と偶然だ。

夢の中で見た少女より彼女の印象は暗く見える。

そして丁度空いていた俺の席の隣に彼女が座った。

視線を感じる。

窓ガラス越しに彼女が俺を見ているのが分かった。

「翠くん」

確かに彼女はそう言った。

小声で。

思わず彼女の方に顔を向ける。

暗い印象を受ける少女は、しかし確かに、夢の中で見た少女そのものだった。

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バカルカントデバッカーズ 芸州天邪鬼久時 @motoharu2024

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