第46話


 伯父の過去を僕は知らない。けれど、四方山家から小海家に婿入りしたことや高校を卒業してからずっと白石楼で働いていたことなどはなんとなく聞いている。


 母は生前その事をずっと気に病んでいた。兄が家を出て行ったのは自分のせいだと父に吐露する姿を何度も目撃している僕としては、伯父のこの態度は許しがたいものがある。


「あんたは思い通りにならないことに腹を立ててるだけでしょう。誰もが自分の思うままに動いてくれると考えている。それは大間違いだ」


「誰もお前の意見など聞いてはいない。思い通りにならず逃げだしたのはお前もだろう」


「それはつまり、子供の僕と大人のあなたが同レベルであると認めるという事ですか?」


「……………」


 僕は宵歌のためにもなだめなければいけない。それは重々承知しているがどうしても我慢できなかった。


 人の苦しみに気づかず横柄に振るまうこの男がどうしても許せなかった。母や小海さんを苦しめていたことを知りながら彼は反省の姿勢すら見せない。そうして塗り固めた頑固さで今度は宵歌を苦しめようとしているのだ。


「りつ、もういいよ」


 宵歌の声は泣きそうだった。


 僕は伯父のように怒り狂っているわけではない。あくまで理性的に彼を糾弾しようとしているだけだ。しかしその結果宵歌を苦しめるというなら本末転倒である。


「……分かった」


 僕はしぶしぶ引き下がった。


 しぶしぶ。


 宵歌はホッとした様子で息を吐くと「ぜんぶ、話すから」と言った。


「ぜんぶって、家を出た理由?」


「そう。りつに話したこと。ぜんぶじゃないの。嘘ついていたの。ごめんなさい」


 まあ、知っていたけど。


 宵歌がなぜ家を出たのか。人をおちょくるような事をしいつもニコニコしている天真爛漫な小悪魔たる宵歌だが本当に人を困らせるような事はしてこなかった。伯父や伯母の言いつけは守っていたし、門限だってきちんと守る真面目さはあった。


 大それたことをやるような性格ではない。むしろ不調和を嫌い、人と繋がる事を大切に考えるやつだ。


 そんな宵歌がなぜ……?


「…………」


 聞きたくないと僕は思うが、今までずっと聞いてこなかったからこの事態になったとも言える。


 いつかは対峙しなければいけない事だ。


 宵歌自身もそれを理解しているのか「話すよ」と言う彼女の顔はいつになく力がこもっていた。緊張していた。


 そこには宵歌の心が変わりつつあることが克明に記されていたが、今はむしろ安心した。ポジティブな変化に思えたからだ。


 自分でも都合が良いと思う。結局僕も伯父と似たようなものなのだろう。


 家族から一人立ちする事を良い変化だと思い、僕から離れていくことは悪しき変化だと思っている。これは僕と伯父の宵歌の取り合いでもあった。


 渦中の人物であるはずの宵歌がなぜか今は被害者になっているのだけが可哀相だが、宵歌はその事に気づいていないらしい。


「嘘ついてたこと、怒ってる?」と上目遣いに見てくるところは、いつものイタズラがバレて叱られたときの宵歌だった。僕と伯父の間で自分の取り合いになっているなんて想像もしていないだろう。


 僕は怒っていないと答えて、話すように促した。


「えへへ、良かった。りつがいてくれて、本当に良かった」


「……別に、たいしたことじゃないよ」


「ううん、りつがいるだけで嬉しいよ。いてくれなかったらきっと、話す勇気は出なかった」


 そう言って笑うのだから、僕の方が騙している気分になった。


「お父さん。聞いてくれる?」


「最初から話せと言っている。こいつが余計な事を言うから話がややこしくなったんだ」


「そんなこと言わないで。りつは優しいだけ。ちょっとの間家族だったんだからお父さんも知ってるでしょ?」


「……………」


 伯父は露骨に顔をしかめた。「……で、お前はなぜ私の言いつけを守らなかった? こいつとはもう関わるなと言ったはずだ」


「やだよそんなの。りつと離れ離れになるなんて考えられないよ。でも……」


 そうして宵歌は語り始めた。


 それはこんな内容だった。

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