第43話


 僕の部屋が来客を想定していない事は以前も述べたと思う。小さめのソファが1つと2人分の椅子があるほかは何もない。ソファと言っても今は宵歌の荷物置き場になっているのである。なぜこんなに物が無いのかについて今さら述べる必要も無いと思うが、この間まで僕はバイトに明け暮れており家には寝に帰るだけだった。友達もロクにいないのだからわざわざ訪ねてくる人もいない。そんなだから家具も最低限だけを揃えたのだが、まさか今になって首を絞めてくるだなんて誰が思う?


 伯父と伯母がテーブルを占領し、一ノ瀬さんがソファになぜか座っている。家主たる僕が狭い思いをしながら一ノ瀬さんと宵歌の荷物に挟まれているのはなぜだ。


「おい、お前は客に茶もださんのか」


「…………」


「おい」


 勝手に家にあがりこんで来たヤツを果たして客と呼べるのだろうか。釈然としない思いを抱えながらもお茶を伯母の分だけ用意して、伯父には渡さなかった。


「どうぞ」


「おい、私の分は無いのか」


「あなたが客に出せというから」


「私には無いのかと聞いているんだ」


 伯父はテーブルをドンと叩いて言った。こういう横暴な所が嫌いだ。


「客というのは、ひとの家に無理やり上がり込んで堂々と居座っているあなたの事を言うんでしょうか? 挨拶も連絡も無しに突然やってきて我が物顔でふんぞり返っているあなたの事を? 冗談は態度だけにしてくれませんかね。ふつう客なら客らしく大人しく座っているものですよ」


「お前……私は伯父だぞ? 大人に向かってなんだその口の利き方は!」


「大人なら大人らしく子供の手本になるような振る舞いをしていただきたい」


 僕はわざと肩をすくめてみせた。これが僕と伯父のいつもの会話である。自分にも悪い所があるとは分かっているが、この人に歩み寄る価値があるのか疑問だ。僕だけが非を認めても伯父がそのままならば歩み寄る意味が無いと思う。


「赤ん坊じゃないんだから癇癪かんしゃくばかり起こしてないで静かに待ったらどうです?」


 こんな人が血縁なら逃げだしたくもなるだろう。宵歌も、小海さんも、僕の母も。伯母の忍耐力が強すぎるだけだ。


 僕は早くも部屋に引き上げたくなった。これから数日間この伯父と共に過ごさねばならないと思うと気が滅入るが来てしまったものは仕方がない。なるべく顔を合わせないように過ごそう。


 そう思っていたところにビシャリと冷たいものが僕を襲った。体から麦茶の香りがする。見ると、空のコップを手に持って伯父が顔を真っ赤にしている。早くも我慢の限界に達したのだろう。


「杏香の子供だからと思っていたがもう我慢の限界だ! お前みたいなやつに宵歌を任せられるか!」


「…………」


 もともと母の子供だと思っていないくせに。


 一ノ瀬さんの方を見ると、口元に手を当てて蒼ざめていた。なんだか申し訳ない事をしたなぁとは思うが、こうなる事は分かり切っていたから居てほしくも無かった。


 伯父がこの態度である限り僕も自分を曲げるつもりはない。


 伯母と一ノ瀬さんを巻き込んでしまうことになるが、これは非常に申し訳ないことである。


 部屋の雰囲気は最悪であった。


 一触即発どころではない。激昂した伯父はきっかけがなくとも己のうちにわだかまる過去のいさかいだけで激しく怒りだす。導火線に灯った火が爆弾に到着するのも時間の問題であった。


「娘と仲が良いから家に置いてやっていたが、お前みたいなヤツは施設に預けても良かったんだぞ!」


「………………」


 僕達がジッと睨み合って火花を散らしていると、なんとも間の悪い事に玄関のドアが開いて、


「え、お父さん……?」


 宵歌が帰ってきたのだった。

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