第30話


 こっそりカフェの中を覗いてみると、メイド服を着た宵歌がちょこまかと歩き回っているのが見えた。ピンクの生地に白いフリルがついたいかにもなメイド服である。旅館で着ていた着物とは大違いのヒラヒラしたスカートと派手なフリルに違和感を覚えるが、宵歌はとても気に入っているようだ。


「いらっしゃいませ〜! こちらご注文のコーヒーとマカロンです!」


 溢れんばかりの笑顔で接客をこなしている。これがあの宵歌なのか? 


「お、よも君じゃん。従妹の様子を見にきたの?」


「あ、管理人さん」


 カフェの戸口に立って唖然としていると管理人の大宮さんが庭の奥から歩いてきた。今日は珍しく服を着ているようだった。


「いや〜〜宵歌ちゃんはすごいね。昨日のうちに仕事のほとんどを覚えきっちゃって今日はこれだよ」


「………まるで別人ですけど」


「うん。こんなに明るい子だとは思わなかった。実家の旅館のお手伝いをしてたんだって? こんなに手際がいいなら君にももっと仕事を頼むんだったなぁ」


 大宮さんは「隠さなくてもよかったのに」と言いたげに僕の肩をポンポン叩く。そんなことを言われたってこんな宵歌の様子を見たことが僕にもないのだ。


 旅館の手伝いがイヤなのかバックヤードではいつもつまらなさそうにして、人が見てないところではダラダラ仕事をする。大浴場の風呂に無断で入った回数は数えきれないほどだ。そんな宵歌が自ら注文をとりに行き、慣れた手つきでコーヒーを淹れたりするのである。マカロンなんてメニューがあっただろうかと不思議に思ったがこれは宵歌の手作りらしい。僕がカフェのバイトをサボっていたのではない。宵歌がハリキリすぎているのだ。


「なんか、宵歌がハリキリすぎてて怖いんですけど。なんでこんなに頑張っているんですか?」


「ん?」


「旅館の手伝いをしてるときはもっとダラダラやってたんですよ。宵歌がこんなに働き者だなんて思わなかった」


「ははぁん……なるほどね? そういうことか」


 大宮さんが意味ありげに笑った。


「どういうことです?」


「んー? 別にぃ?」


 なんだろう。分かるまで考えてごらんと言いたげなしたり顔をされてしまった。


「そうかそうかぁ。よも君と宵歌ちゃんはそういう関係かぁ。いいねぇ。青春だねぇ」


「はぁ………?」


 大宮さんは宵歌からなんと聞かされているんだろう? 宵歌は一人で生きていけるようになるためにバイトを始めたいと言ったが、それ以外にも何か思惑があるというのだろうか。


「宵歌がなんて言ってたか教えて欲しいんですけど」


 むしろ大宮さんに伝えたことの方が宵歌の本心であろう。こういうのは赤の他人の方が伝えやすいときもある。僕はそういう繊細な心をちゃんと理解しているので大宮さんに訊ねたのだけれど、こういうときの大人がまともに教えてくれないこともちゃんと理解していた。


「それはダメだよ。よも君が考えないとね」


「ま、そうですよね……」


 僕に起因することなのは間違い無いだろう。そうして僕が気づかないといけないことなのも間違いない。


「宵歌の働きぶりが心配だったんですけど、問題がなさそうなので帰ります」


「あれ、挨拶していかないの?」


「あいつも仕事してるところ見られたくないと思うので」


 大宮さんは残念そうな顔をしたけれど、バイト先に知り合いがくることほど不愉快なこともないので大人しく退散することにした。


 部屋に戻って宵歌に言われたことをもう一度思い返してみることにした。


 玄関のドアを開けると様変わりしたリビングが見える。一瞬部屋を間違えたのでは無いかとドキッとしてしまうが、ああ、一ノ瀬さんが不機嫌だったのは彼氏の部屋が知らない部屋になっていたからなのだろうか? 僕でさえ慣れていないのだから初めて見た一ノ瀬さんが驚くのも無理はないだろう。


「なんだか悪いことをしたなぁ……」


 しかし、それだけで怒るものか? とも思う。僕の部屋が様変わりしていたことに起因する別の感情が原因だと思われるが僕にはさっぱりわからなかった。


 女子とは難しい生き物であるということを僕は改めて実感した。

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