第28話
一人で生きていけるようになりたい。
宵歌の気持ちに僕はとても動揺した。
だって僕と宵歌はずっと一緒にいたのだ。何をするにも2人で相談して決める。2人で一緒にやる。2人で一緒に悲しむ。2人で一緒に喜ぶ。そうやって育ったのだ。なぜだか宵歌に置いていかれるような気がした。
「ああああああ、宵歌が一人でアルバイトだなんて大丈夫か? あの天然ドジのあいつが? 人死にが出る前にどうにかしないと……」
「バカねぇ……人間、誰だってそう思うものよ」
「君は宵歌の恐ろしさを何も理解していない!」
2日後。僕は一ノ瀬さんに相談した。すべてを打ち明けたわけではない。大宮さんのカフェでアルバイトをしたいと言いだしたことだけにとどめた。その理由も動機も宵歌だけのものだからだ。軽々に人に言いふらすべきではないと思った。
さっそくカフェに出向いた宵歌は、いま仕事の説明を受けている事であろう。
僕は一ノ瀬さんを家に呼んで今後の事を相談していた。
一ノ瀬さんは呆れたように顔をしかめると僕をたしなめるように言った。
「あのねぇ。りつ君だって独り立ちしたいって思ったから引っ越したわけでしょ? どうして宵歌ちゃんの想いを否定するわけ?」
「それは、だって……」
宵歌が遠くに行ってしまう気がするから。とは言えなかった。
「いいじゃない。アルバイトくらい認めてあげなさいよ。これから一緒に暮らすんでしょ? 自由に使えるお金があるのは素晴らしい事だわ」
「いやいやいや、一ノ瀬さんは宵歌の恐ろしさを理解していない。あいつはコーヒーに入れる砂糖と塩を間違えるような、想像を絶するドジっ子なんだぞ。大宮さんのためにも即刻中止するべきだ」
「そんな阿呆な……」
「それだけじゃないぞ。給仕中にお
「………………」
僕は自分があさましいと思った。
自分が置いていかれるのが嫌で邪魔をしようとしている。
独り立ちしたいから越してきたのだろうという一ノ瀬さんの言葉は正しい。僕は伯父に縛り付けられるのが嫌で引っ越してきた。それなのに宵歌の独り立ちを邪魔しようとしているのだ。
一ノ瀬さんに呆れられるのは当たり前の事だろう。
「りつ君ってさぁ……」
「……なに?」
僕は内心怖かった。自分勝手だと言われたら返す言葉がない。ワガママだと言われても、臆病者と言われてもまったくその通りである。なんと言われるのかドキドキして待ったが、ところが、一ノ瀬さんはまったく見当違いのことを口にした。
「……この部屋。ずいぶん生活感がでてきたわね」
「……うん?」
「こんな小物。今までは無かったでしょ?」
一ノ瀬さんが手に取ったのは例のクマさんの箸置きであった。
「これ、宵歌ちゃんの趣味?」
「あーー、まあ、そうだね」
まさか一ノ瀬さんもこれを可愛いと思うのだろうか? こんな、すぐに使わなくなって部屋を圧迫するだけの脂肪のようなものを?
僕なら絶対にこんなものを買わない。お金の無駄だ。でもそう否定してしまっては一ノ瀬さんの感性を否定してしまいかねないから弁解するにしても言葉を選ばなければならないだろう。いったいなんと言い訳をしたものかと思案していると、
「ふぅん………」
一ノ瀬さんはつまらなさそうに箸置きを戻した。「そうなんだ」
なんだったんだろう?
「りつ君にとっては、宵歌ちゃんは家族のようなものなのね」
「まぁ、そうかな」
「ふうん……そっかそっか」
とつぜん一ノ瀬さんが「帰る」と言い出した。
「え、なんで!?」
「たったいま用事が出来たの」
「一ノ瀬さん!? 待って!」
「宵歌ちゃんが気になるなら様子を見に行けばいいと思うわ。あたしの事なんかほっといてさ!」
一ノ瀬さんはドアを荒々しく閉めて出て行った。
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