第27話
これ以上のトラブルはごめんだ。僕は新たな自室に閉じこもって両親に今日の事を報告することにした。
宵歌が中々起きなくて朝から大変だったこと。一ノ瀬さんとあわや破局の危機に陥った事。3人で買い物に行ったことなどなど。
線香を焚いて手を合わせて一つ一つ報告した。
「こんな僕にも夏休みを一緒に過ごす人が出来た。2人に一ノ瀬さんを紹介したかったし、宵歌にももう一度会わせてやりたいよ。僕の人生は充実してる。だからさっさと天国に行って、向こうで幸せになってくれよ」
こっちに来て本当に良かったと思う。一ノ瀬さんと会わなければ僕の人生は暗いままだったろう。彼女と出会えて本当に良かった。
「でも今のままじゃ宵歌に甘えていたころと何も変わらないよな。できれば、男の友達を連れてきたいよなぁ」
そう呟いて目を開ける。と、視界の端にパジャマを着た宵歌の姿が見えた。
「あの、上がったよ」
「……ん、分かった」
床に手をついて立ち上がると僕は宵歌と入れ替わるように部屋を出た。
「宵歌も挨拶していい?」
「いいよ。線香も立ててね」
「うん」
そうして、ようやく風呂に入る事が出来た。
☆☆☆
それからはさして語ることもなく時が過ぎていった。風呂から上がった僕は自室にこもり夏休みの課題をする。宵歌は宵歌で部屋にこもって何かをしていた。「乙女の時間だ!」と言ったきりなんの音も聞こえてこないが何をしているのだろう。新しいスキンケア用品を試したりしているのだろうか。気味が悪い。
「あいつ……いったい何をしてるんだ? 怖いくらい静かだけど、変な事してないだろうな」
僕はそう呟いて隣室の方に目を向けた。と、そこへ、こつこつとドアをノックする音が聞こえて「りつ~、いま、いい?」と宵歌の声がしたので慌てて課題に向き直った。「いいよ」
まさか聞かれてしまったか?
僕は焦ったけれど宵歌は深刻そうな顔をして「りつに聞いて欲しい事があるの」と言う。
聞かれてはいないようだ。
僕はホッとして課題を閉じた。「聞いて欲しい事って?」
「うん。宵歌ね……ずぅっと考えてた事があるの。それを、話しておきたいなって……」
「考えていた事……? それって今日の?」
「……気づいてたんだ。いや、りつに隠せるわけないか」
宵歌は僕の正面にぽてっと座った。
正確にいうと気づいたのは一ノ瀬さんなのだけど、それは言わないことにした。
「あのね、ずっと黙ってたことがあるんだ。お父さんにもお母さんにもお姉ちゃんにも、りつにも。みんなに隠していたこと。たぶん、ずっと前から気づいていたよね」
そう言って諦めたように笑う宵歌。
そこに安心したような様子を見出した僕は心が痛くなった。
「ほら、宵歌、ずっと旅館のお手伝いしてたじゃん? りつと一緒に、小さな頃からさ。あの頃からりつはシッカリしてて、なんでも自分だけでやっちゃうところがすごいなって思ってた。宵歌は助けてもらってばっかりだったからなおさら」
「……………」
「りつにいっぱい甘えてたんだなって事にいなくなってから気づいたの」
「それは……」僕も同じだ。
なぜだか言葉を続けられなかった。
「高校生になってりつが引っ越しちゃって、宵歌、ちょ~~~困ったの。だって宿題が分からないんだもん! 朝起きられないし、お手伝いでも失敗が増えちゃったし、テストも点数悪くて怒られちゃうしさ。ほんと散々……もう、りつ早く帰ってきて~~~って何度思ったか!」
グッと手に力を込めて身を乗り出してくる。
同じことを宵歌が感じているとは思わなかった。彼女はいつも明るくて元気いっぱいで、人を小ばかにする所はあるけれど純粋なやつだ。悩みなんてなくて毎日がハッピー! といった感じの宵歌に僕はいつも引っ張られている気がしていた。
「宵歌、こういうのはどうかな」と相談すると、
「うん、良いと思う!」とか「宵歌はこうしたいな」とかハッキリ伝えてくれるから僕はいつも頼りにしていたのだ。
こっちに越してきたときは人生という土台を支える柱を半分失ったような気さえした。
最近でこそようやく慣れて来たけれど、やっぱり一人で選択して行動する事には不安を覚える。一ノ瀬さんの前ならなおさらだった。
2人で相談して決める。それが僕と宵歌にとっては当たり前の事だったのだから。
「それでさ、思ったの。このままじゃダメだ。変わらなきゃって」
「変わる?」
なぜだろう。僕はゾッとした。
「そう。いつもいつもりつに頼ってばかりいた。それじゃダメだって気づいたの。宵歌一人でも生きていけるようになりたい。最近、そう思う事が増えてきたの」
「……………そう」
「うん。だからね、りつ………」
―――宵歌、アルバイトがしたいの。
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