第25話
「というわけで、お料理を作ります!」
昔着ていた吹部のTシャツに着替え、僕が引っ越すときに押し付けたピンクのエプロンを着用し、ふんすと腰に手を当てる宵歌。
生地が薄いせいで目のやり場に困る。
エプロンを着用しているのはえらいけれども、去年の部Tは育ちざかりの宵歌にはちょっと小さいようだ。腰の辺りなんか肌がチラ見えしているうえにピンクのパンツがはみでている。
「おい、パンツ」と注意するが、宵歌は気にしていないらしい。むしろお尻を突きだすように背を向けて「見たい?」と唇に指をあてて妖艶に笑う。
殺意を抱いたことは内緒だ。「誰が見るか。あほう」
「そんなこと言って本当は見たいんじゃないの~? いくら幼馴染とはいえ女の子のエプロン姿にドキッとしないわけがないよね~」
「……………」
「あれあれ、俯いちゃってどうしたの? もしかして図星だった? そっか~~あのりつも幼馴染のエプロンには勝てないか~~~~」
「……………」
「いいんだよ~? 宵歌がぜ~んぶ受け止めてあげるから怖がらないで? 素直になっちゃいな―――――――」
「あーーーーーーーーもう! 包丁使ってんだから静かにしろーーーーーー!」
鬱陶しさに耐えかねてお尻を叩いてしまった。
全国吹奏楽コンクール最優秀賞の腕前はなまっていなかったらしい。スナップを効かせた渾身の右手が小さなお尻にクリーンヒットし、
「い、いった~~~~~~~~い!」と宵歌がぴょんぴょん飛び跳ねた。
ぱちぃんと良い音がした。コツは力を込めずに楽器の振動を意識する事である。
「な、なにすんだよぉ! 叩かなくてもいいじゃんか!」
「うっとおしいんじゃ! スライサーを使わずに玉ねぎを薄切りにするためにどれだけ神経を使うか知らないだろ!」
「家庭内暴力だ! でぃーぶいだーーーーーー!」
お尻を押さえた宵歌が涙目で訴えてくるけれど僕だって忙しいのだ。
「ったく、スープも作るんだからどいて」
「このひねくれドエス男~~~~~!」
「叩いたのは謝るから。ほら、このお鍋にバターを入れて、溶けたら玉ねぎを入れる。飴色になったら教えてくれ」
「……ぐすん」
宵歌はぶうぶう言いながら鍋を火にかける。
「昔はもっと可愛かったのになぁ。子猫みたいにツンツンしてるけどちゃんと後を付いてきて宵歌っ宵歌って呼んでくれたのに……はぁ……」
「いつの話をしてるんだか……」
「あのころの素直で可愛いりつはどこにいっちゃったんだろう……こんな暴力的な子じゃなかったのに……お母さんは悲しいよ……」
「誰がお母さんだって? ……ったく。火ばっかり見てないで皿を並べたりだな……」
「はぁーあ……昔のりつだったらこんなとき慰めてくれるのになぁ……」
「…………………」
ついにはコンロの前にしゃがみこんで見つめ始めた。
「あーあー! 昔のりつだったら優しく慰めてくれるのになぁ!」
言外に優しく慰めろといっているのである。めんどくさい……
「はぁ………。おい、宵歌」
「な、なに……」
と、ワクワクしているのが丸見えの素っ気ない態度でこちらを向く。これが犬だったら尻尾をはちきれんばかりに振っている可愛らしさだが、残念ながら宵歌である。だから僕はサーモンの切り身をその口に突っ込んでやった。
「むぐぅ!?」
「それ食って大人しくしてろー。カルパッチョの方は一段落ついたからオニオンスープを作るんだ」
「もぐもぐ……」
しっしっと手で払うと宵歌がしぶしぶどける。玉ねぎが良い焼き色になっているので後は水とコンソメで煮込む。数分待てばオニオンスープの完成だ。
「で、サーモンは上手いか?」
「…………おしょうゆ」
「まずくはなさそうだな」
鍋を弱火にしてカルパッチョの盛り付けに移る。
「…………………」
「…………………」
しかし、宵歌が動こうとしない。キッチンの隅にしゃがみこんでサーモンをもぐもぐしたままうなだれている。
「宵歌ーー。盛り付けるぞーーー」
「…………………」
「宵歌ーーー?」
「…………………」
呼びかけても返事がない。
仕方がないので隣にしゃがんで頭を撫でてやる。するとすぐに機嫌を治して「ん……」と肩の上に頭を預けてきた。
「お前、いつかDV彼氏に捕まるぞ」
「うるさいなぁ……髪型崩れるからやめてよぉ」
「じゃあやめるか」
「やだ。やめないで」
「どっちだよ」
「やめてほしいけどやめないで」
「………………」
そうするうちにオニオンスープが完成してしまった。
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