第24話
宵歌はこう続けた。
「ま、りつが変わってなくて安心したよ。昔からずっと結果で語る人だったもんね。職人気質っていうの? 色々言う前にとにかくやる! 理論よりも実践! つべこべ言わずに練習しろー! って感じ? とにかくかっこよかったよ!」
「あ、そう」
「逆にさっきみたいな人きらーい。ちゃらちゃらしてて口先だけで、何もしてくれなさそうだもん。りつが変わってなくて本当に良かった」
そう言って宵歌はにへらと笑った。
宵歌はどこを見て変わっていないと言ったのだろう。一人暮らしをしてるし、料理もできるようになったし、なにより一ノ瀬さんという彼女だってできた。こうして部活の事を話しても平気になったのだからかなり成長している。
宵歌と一緒に暮らしていたときは、本当に死にかけのカビのようだったのだから。
「こっちに来てから色々あってさ。なんだか気持ちがふわふわしてるままに過ごして、りつが変わっちゃったなあって思ってたんだけどね。根っこの部分が変わってなくて安心した! さっきの不機嫌そうな顔なんか、昔のりつそのまんまだもん」
ひどい事を言う。
「む、なんだよ。根暗だって言いたいわけか?」
「ふふ、そうだよ。そのひねくれ具合が好きなんだから」
宵歌はクスクス笑って僕のお腹をつついてきた。「この腹黒めっ」
「………………」
なぜだか知らないが宵歌は喜んでいた。
僕としては成長の証を余さず伯父に伝えて「りつは一人でも立派に生きていける男になった。もう私たちの助けは必要あるまい」と言って欲しいのだけど。
「ね、お腹空いたから早く帰ろ? カルパッチョ食べたい」
「……宵歌は変わろうと思わないのか?」
「んーーー」
人差し指を顎に当てて考える仕草をしたのち、宵歌はこう言った。
「まだ少し、怖いかなぁ」
「……そっか」
伯父を説得してもらうのはまだ先の話になりそうだ。僕達はマンション目指して歩いた。
りつが変わってなくて本当に良かった。
その言葉がもんもんと僕の頭の中で繰り返された。
☆☆☆
家に帰ってまず風呂を沸かす。ボタン一つで風呂が沸くのだから便利な世の中になったものだ。
「さてさて、今日買ったのは~?」
「部屋のど真ん中で広げるなよ……」
宵歌が今日買ったものを取り出して床に並べていく。僕は料理の準備をしながら覗いてみたが、歯ブラシ、シャンプー、その他お手入れ用品。色々買ったものだ。同居人が増えるとぞんがい大変のものである。僕一人なら事足りたことでも次々と不足が見つかって、それらを全て買い揃えていったらけっこうな量になった。
「これはバスタオル~~、これはお着換え~~、これは……コップ? コップなんて買ったっけ? ま、いいか。こっちがシャンプーリンスドライヤーっと」
男には無縁なものもいくつもある。きっと一ノ瀬さんと暮らすようになればこういう事もあるのだろう。
「見て見て! 可愛い箸置き買っちゃった~~」
そう言ってお尻を突きだしたクマの箸置きを取り出して笑う宵歌を見ると、つくづく女の子は不思議な生き物だと思った。
僕は宵歌が探し当てたレシピを参考にして調味料を作っていく。オリーブオイルに塩と黒コショウにレモン汁。それらを混ぜ合わせるというのだけど、なぜそんなことをしなければいけないのだ。面倒くさい。
「そんなものに僕の金を使うんじゃないよ」
「ふふん、この可愛さが分からないとはりつもまだまだですなぁ」
「可愛いだけで実用性がない!」
貯金だって無限ではないのだ。これからは節制を心がけて互いに折り合いをつける必要がある。
「これからはちゃんと相談して買う事。いいね」
「はぁ~い」
こんな事でこれからやっていけるのだろうか。今日くらいはと無駄遣いも許したけれど、明日からは厳しくいかなければならない。
「あ、宵歌も手伝うよ!」
「まずそれを片付けてくれ」
「は~~い。これはお部屋に持ってって………きゃん!」
服などを詰め込んだ袋を持った宵歌が足元のシャンプーを踏んで転んだ。ソファに顔から突っ込んで小さな悲鳴を上げる。シャンプーのボトルがふっとんで他の荷物を蹴散らす事ボーリングのごとし。
こんな事でこれからやっていけるのだろうか……。僕は不安に思った。
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