第23話
夕飯時ということもあってかスーパーの中は人でごった返していた。子供連れの主婦や弁当を買うサラリーマン。タイムパフォーマンスを重視しているらしい男性がパックご飯を買っている。冷凍食品エリアに人が多いのは時勢だろうか。僕は馬鹿だなぁと思って見ていた。
「ご飯を炊いてる間に別の事をすれば良いのに、頭を使わない言い訳なんじゃないのか? タイムパフォーマンスとかいって単価が高い物を買う人の気が知れないね」
「こら、荒んでるぞ」
「だって本当にそう思うんだもの」
僕は宵歌を気遣いながら食品をカゴに詰め込んでいく。これくらいなら人酔いもしないとは言うがいざ倒れられたときに厄介である。
「辛くなったら言えよ?」
「だ~いじょうぶだって~~。りつってほんと心配性」
「部活でバス移動するたびに酔っていたのはどこの誰だよ」
目線くらいの高さにあるオリーブオイルを手に取ってカゴにいれる。カルパッチョのレシピは知らないけれどオリーブオイルと牛肉があればどうとでもなるだろう。作れるようになる気も無いし想像で補えば良い。
「あれはだって……バスの運転手さんが悪いよ」
「たしかに運転は荒かったけど」
「これで、後はお肉? でもなんかお肉ってイメージじゃないなぁ。魚がいい」
「あー、そうだなぁ」
宵歌はきちんとしたものが食べたいらしく、レシピを知らないと伝えると「ちょっと待って調べる!」とスマホでレシピを検索しはじめた。
「えっとえっと……あ! サーモンのやつ食べたい! 見て見てオシャレじゃない!?」
「あー、うー……」めんどくさそうと思ったのは内緒だ
宵歌が引っぱり出してきたのが薄くスライスしたたまねぎとサーモンのカルパッチョ。黒コショウや彩りと香りづけのスパイスなどを使って見た目も良く盛り付けられた、いかにもなレシピであった。調味料はまぁ用意できるとしてスパイスが手に入るかどうかが疑問だ。
「まぁ、できるだけ探してみるけど……スパイスコーナーなんか足を運んだことないぞ」
「スパイス!? スパイスなんて使っちゃうの!?」
「このディルって書いてあるヤツがスパイスだよ」
セージ、シナモン、ディル、ローリエなどなど、スパイスの種類はたくさんあるけれど、これらを使った料理は一つランクが上がるような気がする。僕や宵歌のような田舎者には遠い存在に感じるのがスパイスというもの。
「おお~~~、都会を感じる」
宵歌の目が食べたそうに輝きだした。
言わなければよかったと後悔したのは秘密だ。
「まぁ、探してみるか」
☆☆☆
「いやー、思ったよりいっぱい種類があるんだね~」
「……そうだね」
スパイスコーナーの惨劇は割愛させていただく。買い物を終えた僕達は店を出てマンションを目指した。今日一日で色々あったけれどようやく夕暮れだ。薄く黄色がかった空に夏を感じながら午後5時の商店街を歩く。
どこからか聞こえてくるヒグラシの鳴き声に
こうして夏が始まり終わっていくのだなぁとボンヤリしていると、ふと道の向こう側から誰かがやって来るのが見えた。知らぬ顔である。同い年くらいの男子のようだが心当たりがない。髪の毛の短い事から運動部であろうと知れるが、いったい誰だ?
「お、四方山じゃないか! こんなところで会うとは奇遇だなぁ」
「いや、誰?」
「いやいや、誰って事は無いだろ! クラスメイトの遠藤だよ! ほら、野球部の」
「あー、そう」
気安く肩を叩いてくるクラスメイトの遠藤くん(自称)。ここに宵歌がいなければ逃げ出しているところだが、円満な高校生活を送っていると思わせるためにも笑顔を作っておく。「いったい何の用かな?」
「いやな、お前、一之瀬さんと仲が良いだろ?」
「そうだけど」
「付き合ってるもんな。てことは一ノ瀬さんの友達に美人が多い事も知ってるよな?」
「そうかも。で?」
「一ノ瀬さんと付き合ってるって事はだ、きっと友達とも仲が良いんだろ?」
「つまり……?」
陽キャという人種のあいまいな話ぶりにはいつも苦労する。なぜ主題をズバッと言わないのだろう。「察しろよ」と言いたげな顔をする遠藤くん(自称)だが、僕が一ノ瀬さんの友達と仲が良いという証拠も無いのにそうと決めつけていったい何を察しろと言うのだ。
「だーかーらーよぉ!」とついには肩を組んできた。本当にやめて欲しい。
「俺の事を一ノ瀬さんの友達に紹介してくれないかって言ってるんだよ。ほら、幹瀬さんとかおっとりしてて可愛いだろ? な、頼むよ!」
「はぁ………」
なぜ僕がそんなことをしなければならないのだろう。彼女が欲しいなら自分からいけよ。他人の色恋なぞどうだって良いが、しかし、ここで断っては伯父への報告に響く可能性がある。
ここは少しでも仲の良い事をアピールするために、自称遠藤の頼みは聞いておくべきだろう。
「まあ、話しておくよ」
「マジか! サンキュウ! やっぱ持つべきものは友達だな!」
肩をバシンバシン叩いて遠藤は去って行った。なんだったんだろう。本当に。
しかし、これで僕が円満な高校生活を送っている事はアピールできたはずだ。
「アイツさ、いつも調子が良くて困るんだよね」
「……………」
「宵歌?」
しかし宵歌は顔をしかめて「すごく迷惑そうな顔してたけど、本当に友達なの? なんだかいいように利用されてるふうにしか見えないけど」と言った。
なぜ見破るのだろう。幼馴染は厄介だ。
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