第22話
「それで、宵歌ちゃんの話は聞けた?」
「忘れてた」
「おい」
おい、と言われてしまった。
忘れていたわけではないのだけど、やっぱり宵歌が隠し事をしているというのが信じられなかった。感情がすぐ顔に出るアイツが隠し事なんて出来るのだろうか?
「いくら幼馴染だからって全部を知ってるわけじゃないでしょ。宵歌ちゃんだって色々考えているはずなんだから聞いてあげなさい」
そう言われるとたしかにそうなのだけど、なぜだか聞きにくかった。
心の奥に踏み込んでいく気がした。宵歌の事を良く知っていると思っていた。宵歌の事は何でも知ってる。彼女の事なら僕に訊いてくれ。それくらいなんでも知っていると思っていたからこそ聞きづらい。
僕の知らない宵歌に出会うような気がして、すこし怖いのだ。
「だって、僕にさえ隠すって事はよほどの事だろう? そんな隠し事を宵歌がしているとは思えないんだ」
「だからりつ君が聞きだす必要はないんだって。話しやすい雰囲気さえ作ってあげれば宵歌ちゃんの方から話すと思うのよ」
「そうなのかなぁ……」
僕は疑問に思ったが、しかし一ノ瀬さんはそれで用が済んだと言わんばかりに「頼んだわよ」と退散してしまった。
頼んだと言われたってどうすればよいのだろう。
と、そこへちょうど宵歌が帰ってきた。
「お待たせっ! ちょっと迷ったけどちゃんと帰れたよ!」
ぽてぽて走ってきて「ドヤッ」と笑う宵歌。こんな表情ができる奴が何を隠しているのだろうか?
「犬かお前は。少し休憩したら買い物行くぞー」
「はーい!」
☆☆☆
というわけでスーパーへ向かう。閑静な住宅街を抜けると大きな十字路が見えてくる。西に向かえば駅があり、北に向かうと役場や住宅街の続きがある。スーパーやドラッグストアなどの商業施設に行くには東へ曲がれば良い。徒歩で30分ほどの道のりである。都会と言っても発展しているのは都市部くらいのもので、僕の住んでいる入佐辺りは田舎の都市とほとんど変わらない。
宵歌は辺りを見回して「なんだか懐かしいね」と言った。
「懐かしいってなにが?」
「りつとお買い物に行くの。一緒に暮らしてた時は毎日のように行ってたのにさ。りつがこっちに来てからまったく行かなくなっちゃったんだもん」
「ああ、旅館早上がりしてな」
「そうそう。宵歌たち部活でへとへとなのにお風呂掃除とかさせられてさ。あのころは大変だったよね~」
「まったくだ」
そんなことを話しながら歩いた。この辺りの景色が似ているからだろう。宵歌は都会だからと気負う様子もなくのんびり思い出を語り続けた。僕はふと気になったので部活のことを訊ねた。
「そういえば、そろそろコンクールじゃないのか?」
「ん?」
「いや、そろそろ吹部のコンクールがあるだろ。そんな時期なのにこっちに来て大丈夫だったのか?」
「入ってないよ?」
「え?」
「宵歌は旅館のお手伝いがあるから部活してない。というかひや中のメンバーで高校でも続けてるのは……吉岡くらいじゃない?」
「え、まじ? なんで?」
驚いた。みんな吹奏楽が大好きだと思っていたから僕以外のメンバーは高校でも続けていると思っていた。しかし宵歌が言うにはチューバの吉岡以外は続けていないという事だ。
僕が驚いていると宵歌は何を言っているんだと言わんばかりに肩をすくめて、
「りつがいないからね。続けても仕方ないよ」と言った。
「そういうもんか……?」
「ひや中のメンバーだけでやれるなら良かったんだけどさ。ほら、高校って近隣の中学生がまとめてはいるじゃん? 入学式の演奏聴いてがっかりしちゃった。体験入部もしてみたけどダメだね。あのパーカスじゃ吹けないよ」
「別にお前一人でも入れば良かったのに。即戦力間違いなしだろ」
「やだやだ。りつの打楽器じゃないと吹けない! あんなふにゃふにゃなリズム感じゃ気持ち良くない! もっと硬くてどっしりしてないとイヤだよぅ」
「管楽器の気持ち良さなんぞ知らん!」
そういえば柏田さんからも誘われていたなぁ。と、ふと思い出した。僕の何がいいのか分からないが管楽器には共通の認識があるのだろう。
「あーあー、もっかいりつと吹きたいなぁ。楽しかったなぁ」
「……そういえば、入佐高校には柏田ゆきさんっていうクラリネット奏者がいるぞ」
「誰?」
「ソロコンテストで優勝した人。ほら、僕達と同じ号に載ってただろ」
「あーーーーいたような……覚えてないような………」
宵歌は首をひねった。
「え、その人が高校にいるの?」
「うん。次期部長だそうだ」
「へぇ…………」
思ったより話に乗ってこない。2学期から宵歌も通うのなら興味があるだろうと思って話したのだけど、もう吹奏楽はやらないのだろうか?
なぜか黙り込んでしまった宵歌を不思議に思っていると、ようやく目的のスーパーが見えてきた。
この沈黙が隠し事の正体かもしれないとも思ったけれど、いま訊くのは憚られて、「着いたぞ」と言うにとどめておいた。
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