第20話
宵歌が本当に隠し事をしているのか? 僕には信じられなかったが、一之瀬さんがそう言うのだから何かしら考えている事はありそうだ。
僕達は『トパーズ』を出ると帰路についた。
「いやー、たくさん買いましたなぁ」
「本当に。これ全部僕の金だぞ」
「へへへ、お金持ちだねー」
電車を降りてぶらぶら歩く。時刻は四時を迎えようかというところで、夕食の献立を考え始める時間である。
「宵歌は何か食べたいものあるか」
一人だったら適当に済ましてしまうのだけど同居人がいるなら話は別だ。僕は冷蔵庫の中身を思い出しながら(何を作ろうかなぁ)と考えた。
「カレーライス………いや、ハンバーグ?」
「あんまり手の込んだものは作れないぞー」
「じゃあ煮込みハンバーグならいける……?」
「だから無理だっつの。なんでさらに面倒にするんだ」
そんな話をしながら歩く。角を曲がるとマンションの屋上が見える。
「いまあるものだったら、そうめん辺りがすぐに作れるけど」
「そんなの食べ飽きたよぅ……もっと都会っぽいものが食べたい!」
「都会っぽいものってなんだ……? カルパッチョ?」
「あ、それ! それ食べたい!」
元気に手をあげる宵歌。
「……まじ? カルパッチョって主菜にはしづらいぞ……スープとか、なにかもう一品考えないとなぁ……」
「ていうかカルパッチョってなに?」
「牛の切り身にオリーブオイルとかをかけたやつ。……知らずに食いたいって言ったの?」
「なんか都会っぽいなって思って。でもオシャレっぽいじゃん! 食べたい!」
そもそも肉も魚も冷蔵庫の中に無い。うちの冷蔵庫は日持ちするものしか取り扱っていないので結局買い出しに行かねばならないだろう。
(やぶへびだったなぁ……)とひそかに後悔した。
「ま、いいや。いったん荷物置いたらスーパーに行くよ。カルパッチョ食いたいなら手伝え」
「は~~い!」
エントランスに入る。長かった1日がようやく終わる。とにかく一段落ついたなと安堵した。
「……あれ、あの人なんか困ってない?」
「あん?」
見れば、大学生風の男性がメモを手に頭を掻いていた。誰かを探しているのだろうか。「ここにいるって聞いたんだけどなぁ」とぶつぶつ呟いている。
「宵歌、ちょっと話聞いてくる!」
「あ、おい!」
止める前に宵歌が駆けよった。人助けはとても気を遣う。困っているように見える人でも助けを求めていない事はよくある。大丈夫ですかと声をかけられて不審者扱いされることも珍しくない。人を安易に信用してはいけないのが都会というところ。
「もしも~し! 大丈夫ですか~?」
「うん……? どうしたのお嬢さん」
「何か困っているように見えたので、お力になれることがあれば言ってください!」
「え、っと……」
そら見ろ困ってるじゃないか。慌てて僕も駆け寄って頭を下げる。「すいません、こいつ馬鹿なので何も考えていないんです」
「いや、私は気にしてないよ。君たちはこのマンションに住んでいるの?」
「はい!」と宵歌が答えた。
僕はまた「ぎゃあ!」と言いそうになった。
高校生の住んでいる場所を特定してどうしようというのか。怪しい仕事に誘われないとも限らないし、強盗とかそういうことを企てている人に知られたらどうしよう。絶対に2人暮らしだとバレてはいけないと思った僕は「両親が待っているので」と退散しようと試みる。
とにかく宵歌に危害が及ぶことを避けねばならない。
すると大学生は慌てて手を振って「いや、怪しい人じゃないんだよ!」と否定した。
「怪しい人じゃないってさ!」
「
「ぶぅ……」
コイツは都会で暮らす心構えが何もできていない。個人情報を安易に人に渡すなかれ。この大学生が困っていても僕達には関係のない事なのだ。
大学生はまた頭を掻きながらこんな事を訊いてきた。
「いや、このマンションの管理人がどこにいるか知りたいんだ。ここに住んでいる人なら知ってるだろうと思って……」
「管理人……?」
「そう。穂澄さん……ああ、マスターからお使いを頼まれているんだけど、教えてもらった住所は間違っていないのに管理人の大宮さんがどこにもいないんだよ。困ったなぁ。今日中に受け取らないと怒られてしまうのに……」
「……? もしかしてトパーズのバイトって」
「お、トパーズを知っているのかい? そう、私はトパーズでバイトをしてる
大学生が僕の方を見た。どうやら本当に困っているらしい。大宮さんはこの時間も裏でカフェを開いているだろうけれど、たぶん場所を勘違いしている。
案内してあげるのは良いけれど、しかし夕食の買い出しを控えているうえに一ノ瀬さんの買い物袋をもったまま行きたくない。重いし。
「大宮さんならマンションの裏手にある家に住んでますよ。あの人の家は木材やらで埋め尽くされてるのですぐ分かると思います」
僕はそう言って引き上げようとしたが、宵歌が田舎的善意を発揮した。
「宵歌が案内します!」
「え?」
「すぐ戻るからりつは部屋で待ってて!」
そう言い残すと、宵歌は大学生を手招きしてエントランスを出て行った。
大学生は困ったように立ちすくんでいた。「えっと、元気な子だね?」
「手を出したら許しませんから」
「君は、怖い……」
僕は大学生が出ていくのを見送ってからエレベーターに乗った。
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