第19話


 なぜか一ノ瀬さんがいた。バレバレの変装をして何をしているのだろう?


「あたしの荷物、りつ君に預けっぱなしだったことを思い出してさ」


「だったら変装しなくてもいいじゃん。せっかく交換したラインがあるんだから。後で家に持っていくよ」


「あ、じゃ、じゃあ、スマホが充電無くなって使えなくなって……」


「じゃあって何さ」


「…………………」


 一ノ瀬さんは俯いた。「ごめんなさい。尾行しました………」


 朝と同じ服装にサングラスをかけただけなのだからすぐに分かる。僕はため息をつくと「一ノ瀬さんが心配するような事はしないよ」と肩をすくめてみせる。


 僕と宵歌が恋仲に発展する事を恐れているのだろう。そんな心配をしないでほしい。僕達はそういう関係ではないし、あまり過ぎると疑われているみたいで悲しくなる。


 一ノ瀬さんは「分かってるけどぉ……」とサングラスを外した。


「宵歌ちゃんが、したい事できたかなって気になっちゃって」


「したい事?」


「うん。りつ君と2人きりの時にしかできないこと。例えば、思う存分甘えたり、からかったり、人に見られたら恥ずかしい事。宵歌ちゃんだって女の子だもん。口に出して言えない事だってたくさんあるよ」


「一ノ瀬さんもそういう時があるの? キスでもハグでも、一ノ瀬さんならいつでも大歓迎だよ」


「ばか」


 足を蹴られた。痛い。


「りつ君の頭の中がたまに分からなくなるなぁ……こういう事ばっかり考えてるの?」


 一ノ瀬さんは呆れたようにため息をついた。そんな仕草も大人びていて素敵だと思う。


「したい事ってのはつまり、言いたい事を言えずにいるって意味よ。ずっと何かを抱えているみたいに見えたから気になってね」


「宵歌が?」


 ……そりゃあ宵歌にだって悩みや不満はあるだろうけれど、僕相手に隠すだろうか? 思った事をそのまま口にしてしまうアイツが?


「仲が良いから言えない事だってあるの。りつ君はちゃんと向き合ってあげて。宵歌ちゃんは話したそうにしてる。きっと覚悟が出来れば話してくれると思う。りつ君はそれをちゃんと受け止めてあげること。いい?」


 そう言われてもなんと声をかければいいのだろう? 隠し事があるんだって? 僕に話してごらんよ! …………バカか。


 宵歌におかしなところがあるのは薄々気づいていたけれど、それは都会に来て浮かれているからではなかったのだろうか。もしそうでないとしたら何だろう。昼の事をかんがみれば好きな人がいるという事だが、それを僕に伝えてどうしようというのだろう?


「……まぁ、聞けと言うなら聞くけど」


「うん。宵歌ちゃんにはお世話になったんだから。その恩返しはしないとね」


 なるほど。一ノ瀬さんがやたら宵歌を気にかけるのはそういう理由か。


 僕は安心したような、それならちょっかいかけないでくれと言いたいような、複雑な気持ちになった。まあ、その両方を同時に抱えるのが一ノ瀬さんという人なのだろうけれど。


「でもね」と一ノ瀬さんは人差し指を立てた。


「りつ君の彼女はあたしだから。それは忘れないでね」


「いつだって大好きだよ」


「………知ってる」


 と、不意を突かれたように微笑んだ。


 一ノ瀬さんは満足したのか今度こそ本当に帰っていった。僕は宵歌のところに戻ると、「待たせてごめん」と言ってコーヒーに口をつける。


「ん、大丈夫だよ」


「そっか」


 今のところ宵歌に変な所は見られない。スマホで何かを調べていたらしく、僕が戻って来たのを見てポシェットの中に仕舞った。


 ずずず……とコーヒーを飲むと冷めていた。「にっが……」


「りつがコーヒー飲むなんて珍しいね」


「だってミルクティーが無いんだもの」


「なるほど。分かりやすい」


「単純で悪かったな。でも飲めないわけじゃないからな。冷めてて苦いだけで」


「ほんとぉ?」


「本当だ」


 僕がムッとして言うと、宵歌はくすくす笑った。


「そっか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る