第18話


 歯ブラシ食器シャンプーリンスタオル、必要なものを買いそろえるだけでかなりの量になった。生活用品でこれだけあるのだから家具の類を持ち帰るのは無理だ。


 持ちきれない分は配送してもらうことにして僕らはデパートを後にした。


「宵歌はどこか行きたいところがあるか?」


「ん~~~~」


 宵歌は真夏の往来を見て顔をしかめた。「冷たいとこ……」


「都会は暑いよな。この近くで涼しい所というと……あそこのカフェか」


「カフェ……?」


「うん。たしか大宮さんの師匠が経営してるカフェが近くにあるんだ」


「ほぇー」


 長い事デパートの中にいたせいでクーラーの冷たさに慣れてしまったらしい。体を焼くような太陽の光がビル街に反射して痛い。


 僕達は人混みを避けつつ大宮さんの師匠が経営するカフェ『トパーズ』を訪れた。大通りから外れた小道にある小さなお店。前面が一面ガラス張りになっていて観葉植物などが飾られている。メニューが書かれた看板には『本日のオススメ! マスターの気まぐれブレンド!』『明日のオススメ! マスターの気まぐれブレンド!』『明後日のオススメもマスターの気まぐれブレンド!』とある。大宮さんと気が合う事が見て取れるだろう。


 木目調のこざっぱりした店内には大宮さんが作った特製の小物がいくつか置いてある。宵歌がツリー型の写真立てを眺めていると「お客さんかい?」と店の奥から声がした。出てきたのは30代半ばくらいの綺麗な女の人だった。


 僕達の姿を認めると「あら、いらっしゃい」と笑いかけた。


「わ、綺麗な人………」


「ありがとう。あなたも綺麗よ?」


 宵歌はとたんに顔を真っ赤にして俯いた。「……はぅ」


「あらあら、可愛いわね。あなたの彼女?」


「いえ、幼馴染です」


 僕達は2人用のテーブル席に案内された。店内にはそこそこ人がおり、仲良しグループらしい女子高生、デートに来ているらしいカップル、一人もくもくとパソコンに向かい合っている社会人風の女性など、女性人気が高いようだ。


「すごいなぁ、オシャレだなぁ。一人で切り盛りしているんですか?」宵歌が目を輝かせながら言う。


 大宮さんの師匠、穂澄ほずみさんはメニューを渡しながら「バイトの子が一人いるわ。今日は休みだけど」と答えた。


「へぇ……こんなところで働いてみたい」


「興味があるならバイトしてみる?」


「えっ? いいんですか……?」


「ちょっと宵歌。ここへ越してきた目的を忘れていないか?」


「………うぅ、そうだよね。ダメだよね」


 僕が釘をさすと宵歌はしょんぼりとうなだれた。彼女は僕の監視のためにここへ来たのである。それは同時に僕が宵歌の監視をする責任が生まれたという事でもある。一人でバイトなんてして怪我をされたら伯父になんと言われるか分かったものではない。


「いや、ダメってわけじゃないけど……」しかし、宵歌がしたい事をさせてあげたいという思いもあった。


 穂澄さんは場を取り持つように「ま、こっちはいつでも歓迎だから連絡してきてよ。これ、この店の番号ね」とメモを渡した。


 2人分のコーヒーを注文してしばらく待つ。


 午後二時を過ぎたカフェの店内はゆったりした空気が流れていた。それぞれの客がそれぞれの世界に集中し、席を立つ人もあまりいない。コーヒーカップは空なのに居座っている人もいた。


(みんな自由だなぁ……大宮さんのとこもそうだけど、マスターが奔放主義なら客も似るのだろうか? 店的にはもっと入れ替わってくれる方が助かると思うんだけどなあ)


 バイト漬けだったせいかそんなことを考えてしまう。


 店内をぼんやりと見回していると、ふいに気になるものを見つけた。


「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」


「ん、荷物見とくね」


 僕は席を立つとトイレとは反対方向に向かった。幸い宵歌はカフェの内装に夢中でこちらの動きに気づいていないようだ。


 カフェはコの字型をしており、中央は穂澄さんがコーヒーを淹れたりお会計をしたりするスペースになっている。僕達の席は右側。そこからぐるっと左側に向かい、ちょうど僕達の席と対照的な位置にある席へと近づく。


「一ノ瀬さん、帰ったんじゃなかったの?」


「いや、し、知らない人ですね……あたしは一ノ瀬まどかじゃないよ」


 そこにはサングラスをかけた一ノ瀬さんがいた。別人だと言い張るがバレバレだ。


「なんで急にイメチェンしたのさ」


「変装したら……ばれないかなって……」


「自分で名乗ったけど?」


「…………あ」

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