第17話


 宵歌はハンバーガーを一息に食べ終えるとフライドポテトに手を出した。


「りつのバカりつのバカりつのバカりつのバカ」と何かの呪詛じゅそのように呟きながらフライドポテトを飲み込んでいく。


 育ちが良いため一本のフライドポテトを両手で持ち、かじかじとハムスターのように口に入れていく彼女は間違いなく怒っていた。


 僕が何をしたというのだろう。


 純粋な気持ちで宵歌の恋を応援しようというのに、アドバイスを求めるどころか話しかけるなと言わんばかりの拒絶っぷりである。


 僕は呆気にとられて、ポテトの山が減っていくのを見ている事しかできなかった。


「なぁ宵歌、どうしたんだよ」


「うるひゃい! この鈍感男!」


「落ち着いて食えって、喉に詰まるぞ」


「やけポテトじゃあ! うっ―――けほっ、けほっ」


「ほら言わんこっちゃない」


 フライドポテトの残りかすが喉にへばりついたのだろう。飲み物も飲まずに食べ続けたらそりゃあこうなる。


 苦しそうにむせて、喉元をとんとん叩いている。とっさに口を手で隠したのはたいへん偉い。


「おい、大丈夫か?」


 僕は背中をさすりながら宵歌のジュースを差し出す。


 宵歌はそれを受け取ってちうちう飲むと「あ、ありがとう……」と涙交じりに言った。


 こんなに感情的になる宵歌は見たことが無かった。いったい何がここまで狂わせるのか? 好きな人を知られたくないのか、もしくは純情すぎるあまり過剰に反応しているだけか。それは分からなかったが、どちらにしても安心した。


 宵歌は高校に入るまで僕につきっきりだった。中学3年生のころなぞは一緒に暮らしてもいたのだから、僕が奪った時間はそうとう長い。いつも僕のことを優先していた宵歌が自分の人生を歩むことができるのかと心配だった。その宵歌に好きな人がいるというのなら、ちゃんと自分の人生を歩いている証拠である。だから安心した。


「死ぬかと思った………」


「だから落ち着けと言ったのに。そんなんじゃ嫌われるぞ?」


「うぇっ?」


 宵歌が動揺した。ということは好きな人はいると見て良いだろう。


「だいたいの男は落ち着いた女性が好きなものだ。都会に来たからってはしゃいでいるようじゃそいつに振り向いてもらえないぞ」


 ぜひとも宵歌には幸せになってほしいと思う。その手助けになればとアドバイスをしたのだが、あまり心には刺さらなかったらしい。「…………りつも?」と、なぜか僕に訊いてきた。


 いや、これは身近な人間から情報を得て安心したいのだろう。


「まぁ、そうかな」一ノ瀬さんが落ち着いているかどうかは分からないけれど、大人しいときもあるから違うとも言い切れない。


「…………じゃあ、宵歌のことは好きじゃないんだね」


「うん?」


「だって落ち着いた女の子が好きなんでしょう? 宵歌は知ってのとおり適当だし、騒いでばっかで、りつに怒られてばっかりだったもん」


 この質問の意味は汲み取りかねるが、安心したい延長線上にあるというのは間違いないと思う。


 宵歌のためには「もっと落ち着いた方がいいな」と答えた方が良い。伯父さんの監視の目がないところでは二重人格かと疑われるくらいはしゃいで煽って大変なのだ。それでも僕は落ち着いた宵歌を想像できなかった。


 まったく悪びれもせずに煽るくせに不思議な安心感を与えてくれる、そんな宵歌が好きだった。友達としてだけど。でも、落ち着きのない宵歌だからこそここまで付き合ってこれたのかもしれない。


「たしかに宵歌は落ち着きがないけどさ」


「でしょう? だから、うん、そういうことにしておこう」


「まぁ、いまの宵歌も好きだけどね」


「……………」


「どうした?」


「別に……」


 宵歌は俯いてポテトを食べ始めた。


 今度は完全な沈黙だった。


 僕は声をかけるのもはばかられて、黙ってコーラを飲んだ。

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