第16話


 時刻はお昼時である。僕と宵歌はフードコートにて昼食をとっていた。全国チェーンのハンバーガーショップがあったので「いる?」と訊くと「いる!」と行列を無視して先頭に駆けていくからたいへん困った。


「お前は行列をしらんのか……買いたいなら最後尾に並べ」


「都会ってめんどくさ……」


 素行の端々に田舎の奔放さが感じられるが、都会は暗黙の了解にしたがって生きていく場所である。子供ならたいていの粗相を許してもらえる田舎とは違って街を歩くのにもけっこう気を使う。輪を乱せばうとんじられ、列に並べなければそれだけで迷惑者。僕はとても窮屈に感じていた。


 宵歌が同じように感じるのも仕方のないことだと思う。


「みんなよく生きていけるね。宵歌は息が詰まりそうだよ」


 カウンターで受け取ったトレーを持って席を探す。昼飯時のフードコートは家族づれや友人グループでひしめき合っていてなかなか座れる場所がない。


「うへぇ、座れる場所がないよぅ……」


 宵歌はぷつぷつ文句を言いながら、ようやく席を見つけてハンバーガーにかぶりつく。「わっ! 美味しい!」


 すぐに元気になった。分かりやすいやつ。


 昼食は宵歌たっての希望でファストフードと相なった。それというのも宵歌の家は白石楼という老舗旅館を営んでおりアレコレと制限が多い。お菓子はダメ。冷凍食品もダメ。ジャンクフードの類もすべて禁止。育ちが良いというよりは束縛が多い。


 あれもダメ。これもダメ。叔父は宵歌を女将に仕立て上げようとしているので品行方正に育つ事を望んでいた。


 そんな良家のお嬢様が親元を離れたとなれば後は堕落するのみである。


 チーズハンバーガーにむしゃぶりつき、包装紙で顔が隠れるくらい一生懸命に食べ進める。


「これすっごく美味しいね!」と顔を上げたときにほっぺたにケチャップがついていた。


 待望のジャンクフードを食べる事ができてよほど嬉しいのだろう。


「はしたないな。もう少し落ち着いて食えよ」と、僕はいさめるが、


「だって美味しいんだもん」と、満面の笑みだった。


 伯父はなにかと束縛したがる人で、気に入らない事があればぶつぶつと小言を言ってくるからたいへん鬱陶しかった。僕も一人暮らしの初めての夜は浮かれたものだ。伯父の娘である宵歌は解放感もひとしおであろう。


「まったく……ケチャップがついてるぞ」


 自分の口元を指さすと宵歌が気づいて「ふぇっ」とハンカチで慌てて拭った。


 浮かれる気持ちは分かるけれど最低限のマナーは守って欲しい。


 可愛らしいピンクのハンカチでケチャップを拭きとった宵歌は「ひ、ひとをダメにする食べ物だね、これは」と愛想笑いで誤魔化した。


「そんなに急いで食べなくても、誰も盗ったりしないぞ」


「あはは……そうだよね。嬉しくってつい……」


 まあその気持ちは分かる。僕は追及しないと決めた。


「まぁ、何をしても怒られないってなったら嬉しいよな」


「それもあるけど……りつとお出かけしてご飯食べてるっていうのが、嬉しい」


「なんで?」


 意外な言葉だった。


 幼少期からずっと一緒だったのだ。


「だってさ、ずっと一緒に過ごしてたし、暮らしてた時期もあるけど、お出かけしたことなんてほとんどなかったじゃん。宵歌もりつもお仕事の手伝いしてたり部活してたり、宵歌のお父さんは買い食いもさせてくれなかったしさ。ずっと憧れてたの、こういう事」


「ふぅん?」


「好きなものを買って、何にも気にせず好きな事をするの。友達と一緒でも楽しいけど、好きな人とならなおさら……」


「好きな人?」


「えっ、あ……」


 みるみるうちに宵歌の顔が赤くなっていく。なんだろう。変な事を言ってしまったのだろうか? 僕はただ、宵歌にも乙女みたいな夢があったのだなぁと驚いただけなのだけど。


「あ、いや、違うよ? その、りつが好きってわけじゃなくて……幼馴染として好きだよ? 従兄でもあるし、本当に大好きなんだけど……その好きじゃなくってえっと―――――」


 わたわたと身振り手振りを交えて僕に恋心を抱いていない事を熱弁する宵歌。これだけ丁寧に「あんたじゃない」と言われてしまうと傷つく心もあるが、まあ、その方が安心だ。


「分かってるよ」


「ふぇ?」


 宵歌はピクッと跳ねた。


「ラブじゃなくてライクって事だろ? 分かってるから安心しろよ。そんなに慌てて否定しなくてもさ。宵歌とは従兄妹同士の方が話しやすくて良い。好きな人がいるってのが意外だったけど、僕は応援するよ」


「……………」


 跳ねたときの顔のまま宵歌が固まった。目を丸く見開き、口を呆けたように空けたまま。驚きの表情のように見えるけれどどうしたのだろう。


「だからさ、変に意識しなくてもお互い気安い関係でいようぜ。な、宵歌。……宵歌?」


 僕はまた何かやってしまったのだろうか。


 固まってしまった宵歌に声をかけるが反応が無い。


「宵歌、宵歌?」と何度か声をかけるとようやく気付いたらしい。


「違うもん! りつが好きなわけじゃないもん!」


 と、また包装紙で顔を覆ってハンバーガーを食べ始めた。


「う、うん……?」


「宵歌に好きな人なんかいないもん!」


 なぜか怒られている気分だ。「応援してるからさ」と声をかけると「うるさい!」と本当に怒られてしまった。


 なぜ?

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