第11話


 だいたい都会ほどつまらない場所は無いと思う。現代の日本で買えないものはほとんどない。田舎でさえ通販を使えばなんでも買える時代なのだから車を持たなくて良い以外の利点が無い。根っからの出不精でぶしょうの僕にとっては都市部ほどつまらない場所は無かった。


 だってどこにでもある物が揃っている場所が都市部なのだからわざわざ行く理由がない。


 見た目だけの流行りのスイーツ。平成レトロとか昭和レトロとか、ただ君たちの時代に無かっただけではないか。どうせ年号が変われば令和レトロが生まれるのである。馬鹿らしい。


 良い物は時代を問わず良い物という考えには賛同するけれど、それを一過性のブームで終わらせるのは理解できない。自分の好みをしっかり持っていればブームが過ぎても好きなはずだ。そうならないのは、みんなが好きだから好きという極悪極まりない不毛な消費志向を当たり前だと思っているからである。


 ブームが来たから買う。ブームが去ったから買わない。ブームが来ている間に旨みを絞り尽くしてカラッカラになったら新たな獲物を探し始める彼らは田畑を枯らすイナゴであった。


 どこにでもある物を取りそろえているだけの場所には害虫がうじゃうじゃいるのである。


 8月を目前にした街は人で溢れていた。


 僕は駅を出た瞬間に(帰りたい……)と思った。


「うおーさすが都会……人がいっぱいだぁ」


 宵歌が人混みに圧倒されたような呆け顔で呟く。


 駅前のちょっとした広場には常に人が溢れている。特設ステージのイベントを見る人がいたり近くのデパートを利用する人がいたり、これからどこかへ向かう人だったりでごった返すのが駅前という場所。電車の狭く密着した息苦しさから解放された感覚を落ち着けるための場所でもあった。


「どう、すごいでしょ? って、あたしが言うのも変だけど」一ノ瀬さんがどこか誇らし気に言った。地元を自慢したい気持ちは誰だってある。宵歌の喜ぶ顔を期待していたようだけど申し訳ない。それは難しい相談だった。


「う、うん……」


「どしたの? 電車酔い?」


「帰りたい……」


「来たばっかりなのに!?」


 都会育ちの一ノ瀬さんは僕達の苦しみが分からないようだ。


 宵歌はいつでも元気なように見えて人混みが苦手なのである。人の少ない地域に育ったからかすぐに人酔いをするのだ。


「一ノ瀬さん。宵歌に肩を貸してやってくれないかな?」


「りつ……」


「人酔いしやすい性質たちなんだ。女性同士なら肩も貸しやすいと思う」


 正直に言うと一ノ瀬さんが付いてきてくれて助かった。僕が介抱するとどうしても宵歌の胸が当たってしまって意識してしまう。宵歌も男子に触るよりは女子の方が気安いのではないか。そう思った。


「人酔いするなら都市部に出ない方が良かったんじゃ……」


「まぁそれはそうなんだけど、宵歌の性格的に……」


 チラッと視線を送ると宵歌は「都会を経験してみたかったから……」


「怖い物見たさってやつ……?」一ノ瀬さんは呆れていた。


「まぁ、僕が肩を貸さない方が一ノ瀬さんとしても気が楽だろう?」


「そうだけど。じゃあ、あたしが付いて来なかったらりつ君が介抱してたってことだよね。それってつまり――――」


 一ノ瀬さんが言いかけたとき、宵歌が抱き着いた。「もう無理~~助けて一ノ瀬さん~~」


 どうやら限界を迎えたらしい。


「え、ちょっ……」


「今日はいけると思ったんだよぅ……良く寝たから」


「人酔いってそういうものなの!?」


 電車の中でずっと無言だったから酔っているだろうなとは思っていたけど、立つのも辛いほどだとは思っていなかった。


「ごめんねぇ、ごめんねぇ……」


「一ノ瀬さんごめん。少し休憩させてくれないだろうか」


「良いけど……歩ける?」


「なんとか……」


 前途多難な買い物はこうして幕を開けたのだった。

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