第10話


 一ノ瀬さんを部屋に案内して一息ついた頃には朝食は冷めてしまっていた。


 今日は宵歌の家財道具を買いに行く。詳しいことを知ったのが3日前なのでまったく準備ができなかった。そもそも布団がないのである。食器、布団、服、女子必携の生活用品などなど買い揃えなければいけないものはたくさんある。


「これ食べたら出かけるから」


「はーい」


 都市部に行く。宵歌はおめかしのために部屋に行った。


「出かけるの?」と一ノ瀬さんが言う。


「うん。ずっと一人暮らしだから家財道具が足りないんだよね」


「へぇ、準備しておかなかったんだ?」


 言い方にどこかトゲがあるようだけど、僕の思い過ごしではないのだろう。


「ほら、小海さんが来たのが2日前だろ。僕もその時初めて知ったんだ。だから準備する時間が無かった」


「ふぅん、まっ、そういうことにしておいてあげるわ」


 一ノ瀬さんは立ち上がって「あたしも準備しよー」と帰り支度を始める。


「あたしも付いて行ってあげるわ、そのお買い物」


 行く気満々というよりは宵歌と僕を2人きりにさせたくないように見えた。僕が「なんで?」と訊くと顔をしかめた。


「まさか女の子の下着まで一緒に選ぶつもり? 男の子には見られたくない買い物っていっぱいあるんだよ」


「そんなの宵歌一人に選んでもらえばいいよ」


「だめだよ。買う物はいっぱいあるんでしょ? あたしが宵歌ちゃんを案内したげるからりつ君は別のものを見てて」


 一ノ瀬さんの意見も一理あるように思えたが、やはり付いていきたいだけにしか見えない。


「ほとんど宵歌が使うものなんだ。僕が選んだってしょうがないだろ」


「じゃあ、りつ君はどこで寝てるの?」


「え?」


「りつ君の部屋を宵歌ちゃんが使ってるなら、りつ君はどこで勉強したり休んだりするのかな。りつ君のものも必要なんじゃないの?」


 痛い所をついてくると思った。


「まさか宵歌ちゃんと一緒に寝てるわけじゃないよね。家具が一人分しかないんでしょう? ソファとか、変な所で寝たらダメだからね」


「そんなことは………」


 ない。と言おうとしたとき一ノ瀬さんが僕の頬に手を添えた。


 何をするつもりだろう?


「ぜったい変な所で寝た。彼女の眼を誤魔化そうったって、そうはいかないんだから」


「え―――――いててててててて! 痛い痛い! やめて!」


「ほら、寝違えてるじゃん」


 一ノ瀬さんは僕の首を軽く横に向けた。それだけなのに僕は激痛を覚えて驚いた。激しく動いたりしなければ大丈夫だったのにひどい事をする。


「ずっと隠してたのになんで分かったの?」


 たしかに寝違えていた。仏間の座布団を枕にしたせいだろう。朝起きた時に首が変な方を向いていた。


 僕は不思議に思った。宵歌の目を欺くくらい完璧に隠せていたはずなのにバレてしまったのだ。


「ずっと首を気にしてたからすぐに分かったよ」一ノ瀬さんは頬から手を離して言う。


「そんなに分かりやすかったかなぁ」


「ずっと見てたからね」


「そっか」


 ずっと見ていた。そう言われて嬉しく思った。


 僕はいままで一人ぼっちだと思って過ごしていた。小海さんも宵歌も親戚である。本当の意味の家族はいないのだと思っていた。


 一人で生きて行くしかない。僕を見てくれる人はいない。そう思ってガムシャラに生きてきた。


 そこへ一ノ瀬さんが現れた。


 僕はこの幸せを手放してはいけない。


「一ノ瀬さん」


「なに?」


「君と出会えてよかった」今度こそ守り抜かねばならないと心に誓った。


「……ばか」


 一ノ瀬さんは頬を赤くする。


 こんなに可愛い人が彼女になったなんて今でも信じられない。しかし無闇に信じなければいけない。僕のたった一人の彼女なのだから。


「あたしだって、りつ君と会えてよかったって、ずっとずっと思ってるから」


 一ノ瀬さんはつっけんどんに言うと出て行った。自分の部屋に着替えに行ったのだろう。


「………………」


 宵歌が部屋から顔をのぞかせていた。楽しそうににやにやしている。


「なんだよ」と言うと、「別に~?」と笑ってリビングに出てきた。


 駅に迎えに行った時と同じ服を着ているが一張羅いっちょうらなのだろう。田舎者らしくオシャレしすぎている。


 僕が「都会の人はもっとナチュラルなオシャレをするぞ」と言うと、


「え、うそ!?」と、驚いていた。

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