第8話
「りつ君が話しづらそうにしてた理由は分かったわ。つまりは宵歌ちゃんと2人で仲良くしてるところを隠したかったわけね」
「違うよ!? 一ノ瀬さん違う!」
「ふーんそう。ならいいわ。そんならあたしにも考えがあるんだから」
「だから違うんだって!」
一ノ瀬さんは僕の話を聞いていなかった。それというのも自分の感情の変化に振り回されてしまって話を聞く余裕が無かったのだ。
(こんなこと言いたくないのに。あたし、りつ君が怒るって分かってて言ってる。違うのに。違のに……こんなこと言ったら嫌われるのに。面倒くさいヤツだって言われるのに、どうして言っちゃの?)
一ノ瀬さんは不安だった。
頭では分かっているのに口をついて出るのは間違った方。訂正しなきゃと思うたびに宵歌の姿が目に入ってまた間違う。間違ったことを言ってると自覚するたびに焦ってしまって、このままでは僕に嫌われるという思いがまた焦らせる。
宵歌の存在が一ノ瀬さんにとっては大きいのだろう。一ノ瀬さんは妄想にとり憑かれて抜け出せなくなってしまっていた。
訂正しなきゃ、謝らなきゃ。そう思うのに僕を見たら苛々する。
どうしても素直に受け取る事ができない。
僕が宵歌とあんなことやそんなことをしているのだと疑わずにはいられない乙女心。
不安を隠すための八つ当たりが、また一ノ瀬さんを苦しめた。
「そんなにりつをいじめないでよ。こう見えて女の子は苦手なんだよ? りつは」
この
「ふん、どうせあたしは知りませんでしたよ。付き合って2週間足らずのあたしよりも宵歌ちゃんの方がずっと一緒にいるもんね。ずっと仲いいもんね」
「一ノ瀬さん。このバカは今すぐ田舎に返すから話を聞いてくれ。決して隠し事をしようとしたわけではなくて―――」
「言い訳なんか聞きたくない!」
ついに一ノ瀬さんは部屋を飛び出してしまった。
しかしそれは怒りゆえの拒絶の意ではなく、これ以上傷つきたくないという自衛の逃走だという事は明記しておく。
一ノ瀬さんは自分の心を守るので精一杯だったし、この場を離れるという判断を下しただけ理性的だっただろう。脇目もふらずに走り出し、カバンを持たず靴も履かず、自分の部屋に駆け込んだ。
自室に引きこもって、死にたいと思った。
☆☆☆
さて、ようやく僕の視点に戻る。
一ノ瀬さんが飛び出した後、僕と宵歌は唖然としてドアを見つめていた。
僕は(もっと他に言い方があったはずだ)と後悔したし、宵歌は宵歌で(やり過ぎた……)と反省していた。
「完璧に嫌われた。もうダメだ」
「………………一ノ瀬さんって、意外と感情的だね」
「あんだけ挑発しといてよく言う。お前がもう少し理性的だったらこんな事にはならなかったろうさ」
「だってぇ………」
宵歌はしゅんとして椅子に座ると「もっとほのぼのと過ごせると思っていたものだから」
「……あの頃とはわけが違うんだ。僕と一ノ瀬さんは付き合っていて、彼氏の家に幼馴染が泊まっていたら普通イヤだろう。恋をしたことがない宵歌には分からないだろうけれどな」
「むっ、なんだよその言い草。宵歌だって好きな人くらいいるもん」
「なら一ノ瀬さんの気持ちを汲んでやってくれ……」
いつまでも子供な宵歌にため息が出るようだった。
「それでも、一ノ瀬さんなら分かってくれると思ったし」
「だから昔馴染みの友達じゃないんだって。なんでも分かってもらえると思うな」
小さなころは男女関係なく遊んでいたものだけど、それは年を経るごとに難しくなっていく。恋心の芽生えや体の変化など、いろんな要因で難しくなる。体が大人になっても友達のまま仲良く過ごそうなんて夢物語なのだ。それを宵歌は分かっていない。いつまでも友達は友達のまま過ごせると思っている。
「とにかく、僕は関係をハッキリさせねばならない。僕は一ノ瀬さんが好きだ。宵歌のことは良い友達だと思っているが、いま優先するべきは一ノ瀬さんとの復縁であり、誤解を解くこと。そのために僕はお前をここに置いていく。いいね?」
「置いてどこに行くの」
「一ノ瀬さんの部屋に決まってるだろ。こんなところでうだうだしているとまたあらぬ誤解を招くのだから、とにもかくにも一ノ瀬さんと話さなければならないんだ」
「…………そう。いってらっしゃい」
宵歌はどこか心細そうに言った。時の流れと関係の変化を痛感しているのだろう。楽しかった昔のように過ごせない事を窮屈に思っているように見えた。
僕は席を立って玄関を出た。「あとで謝るんだぞ」と言い残して一ノ瀬さんの部屋の前に行く。
チャイムを鳴らす。
「一ノ瀬さん。僕だ。話がしたい。ここを開けてくれないだろうか」
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