第3話
というわけで宵歌がうちに来た。
小海さんと共に駅まで迎えに行き改札の前で待つ。しばらく待っていると白いワンピースを着た宵歌が姿を現し、真夏の太陽のごとき明るさで「りつ〜〜〜!」と遠くから手を振ってアピールする。
夏休みの郊外の駅は街に出かける学生などでごった返している。狭い駅構内のあちこちで人がうごめく。僕は川の流れのようだといつも思う。てんでバラバラの目的で集まった人間が一つのところを目指して歩く。電車を待つために停滞する流れもある。水流が複雑に絡み合った大きな川。それが駅だと思う。
そんな場所で大きな声を出せば生じる大きな違和感。
人混みの中で突然注目されると陰キャは萎縮してしまう。あたかも晒し者にされるがごとし。衆目に焼かれるような恥ずかしさ。
僕はちょっと縮こまって小さく振り返した。彼女は主人を見つけた子犬のように駆け寄ってきた。
「久しぶり! 元気にしてた?」
「まあ。宵歌は?」
「見ての通りです!」
スーツケースをガラガラいわせて駆け寄ってくる宵歌は元気そのものであった。ひまわりのような笑顔。僕の羞恥をもっとも強く焼く太陽がそこにあった。
ほら、あの男連れがこっちを見ているじゃないか。少し静かにしてくれよ。
「姉さんも久しぶり~。禁煙は順調?」
「昨日は一箱に抑えたよ」小海さんは誇らしげに言った。
「あっはは! ぜんぜんじゃん!」宵歌はケラケラ笑った。
「あ、そうだ。りつ。ちゃんと付き合えたんだって?」
「誰に聞いた……って、小海さんか」
「なんかすごかったらしいね~。一ノ瀬さんのお母さんと怖い男の人相手に堂々と立ち向かったんだって? やるじゃん!」
「僕は別になにも……」
「そんなに謙遜すんなよー。かっこいいよ。めっちゃかっこいい!」
それはとおる先輩と対峙した時の事だった。彼を糾弾し一ノ瀬さんを守ろうと決死の思いで立ち向かった夜の事。僕はなりふり構っていられず、ただガムシャラにぶち当たっただけで、後から思い返してみてもかっこいい所なんて一つも無かった。
バシバシと背中を叩きながら言う。痛い。
僕は複雑な思いを抱えながら「宵歌も一ノ瀬さんも男を見る目が無い」と鼻を鳴らした。
宵歌は元気すぎる。人の羞恥など何のその。持ち前の明るさでどこへでも連れ出して、僕のような陰キャでさえも楽しいと思わせてしまうその天真爛漫さ。みなから女神と称されるのも決してお世辞やおべっかではなく、いつでも明るい彼女への讃美としてはむしろ足りないくらいだった。
小海さんの運転する車で僕の暮らすマンションへと向かう。『レジデンス・イルサ』というそこそこ立派なマンションである。短い移動の時間でさえも彼女は元気だった。
「おじいちゃんがね、りつの事を褒めてたよ。1学期ももつとは大したもんだって」
「はぁ」
「すぐに帰ってくると思ってたみたい。家賃が高い所にすればお金に困るはずなのに、反対に貯金できるくらいバイトをしてさ。この前帰って来た時も、こいつは何をしでかすか分からん! って言ってケタケタ笑ってた。あんまり嬉しそうだから宵歌も一緒に笑ったよ」
車の消臭剤は気分が悪くなる。ただでさえ臭い車内により臭いものをまき散らすのだから製薬会社は何を考えているのだろう? 宵歌の物真似が頭の中でキンキン響いて僕は顔をしかめた。
「……伯父さんは怒ってるだろうね」
「そりゃもう。でもおじいちゃんとお母さんが楽しそうだから強く言えなくて肩身が狭そうだよ」
「ざまぁみろ」
「ざまーみろー」宵歌が復唱する。「でも、ちょっとかわいそうだった」
「なぜ」
「だって、お父さんもりつが好きだから。ただ不器用なだけなのに怒られてかわいそう」
「………………」
「りつの事を嬉しそうに話す時もあるんだよ。それが、一人暮らしを始めてからずっとムスッとしちゃってさ。お母さんがずっと文句言ってたくらい鬱陶しかったんだよ? りつは知らないだろうけどね」
「だから連れ戻しに来たってわけか? 僕が帰ると言うまで居座ると」
「一ノ瀬さんに悪いけどね」
はぁ、とため息をつく宵歌。「……宵歌だって、りつの事が好きだもん」
「何か言ったか?」
「別にー?」
ほどなくして車はレジデンス・イルサに着いた。
道中ずっと小海さんはハンドルを指で叩きながらイライラしていた。「どうしたんですか」と僕が訊ねると「壁ドンの代わり」と言った。
「はい?」
「うるせぇよリア充がよぉ」
「はい? どこにリア充要素があったんですか?」
宵歌も小海さんが怒っている理由が分からないようで、
「姉さん、なんか怒っていない?」と耳打ちしてくる。
そんなささいな事すら
「危ないから動かないで!」と、終始ピリピリしていた。
どうやら僕と宵歌の距離が近い事が原因だったらしい。従弟と実の妹が隣に座っているだけで嫉妬するとは………
大人は大変なんだなと思った。
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