第2話
小海星歌さんというのは僕の従姉であり、学校の保険の先生(金髪ショート)である。
養護教諭になるべく勉強をしながら保健室の先生として働いている人。いわゆる講師であり、優しく明るい人柄が女子に人気である。しかしタバコを吸い酒を飲む人で、僕の家庭事情について知っている数少ない味方でもある。
筆記試験は満点なのになぜか面接で落とされるといつもぼやいているが、なぜ受かると思っているのか僕は
小海さんは僕達に気づくと手を振った。
「や、待ってたよ」
「小海さん、いったいどうしたんです?」
「ちょっと、四方山くんに伝えなければいけない事があってね」
「僕に?」
僕と一ノ瀬さんは顔を見合わせた。
「ここじゃなんだから部屋で話そう」
「はぁ……」
というわけで3人で僕の部屋へ向かう。エレベーターに乗り、押さえつけられるような負荷に耐えていると一ノ瀬さんが「何の話だろうね」とこっそり耳打ちする。
実は僕は察しがついているのだけど曖昧にぼかした。
「さあ、この間の件だと思うけど……」
「だよね……まだなにかあるの?」
エレベーターが可愛い音を立てて止まる。エレベーターからLの形に伸びている部屋の曲がり角付近が僕の部屋である。
不穏な空気を感じながら歩いていると小海さんがふいに口を開いた。
「悪いけど、一ノ瀬さんは席を外してくれるかな」
有無を言わさぬ圧が込められている。
「なぜです?」すぐさま一ノ瀬さんが反論した。
「申し訳ないけれど、これは私たち家族の話だからね。いくら彼女とはいっても巻き込むわけにはいかないよ」
「……………」
「こればっかりはね。まぁ、すぐに知る事にはなると思うけど」
「じゃあいいじゃないですか」
「だーめ。一ノ瀬さんだって家族の問題に首を突っ込まれたくないでしょ?」
「それはそうですけど……でもぉ」
「ダメなものはダメ。四方山くんも何か言いなさいよ」
なぜ僕に振るのだろう。
「一ノ瀬さん。後で教えてあげるから、今は言う事を聞いて欲しい」
「りつ君がそう言うなら……」
渋々と退散する一ノ瀬さん。ちらちらとこちらを振り返り名残惜しそうだが、僕は手を振って見送った。
普段はもっとすんなり退散するのになぜ今日は後ろ髪引かれているのだろうと不思議に思った。
小海さんを部屋に招き入れてお茶を出す。相変わらず物が無い僕の部屋を見回して「物置きみたいだねぇ」と呟く。余計なお世話だと思いながら机の向かいに座る。
「それでね、話って言うのは君の生活費のことなんだけどね」
小海さんがさっそくきりだした。僕は彼女が言わんとしている事を知っている。この場に一ノ瀬さんがいたら大騒ぎをしたことだろう。それくらい面倒な事態に僕は巻き込まれていた。
初めて知ったのは数日前の事。また宵歌の酔狂が始まったと適当に聞き流していたけれど、小海さんが訪ねてきたのならいよいよ認めざるをえない。その確認の意味を込めて僕はその先を口にする。
「……宵歌がうちに来るって、マジなんですか?」
「マジ。私もどうかと思うんだけど、宵歌本人が乗り気だからさ……」
「宵歌を監視役にすれば生活費の援助をするとか……伯父さんは何を考えてるんでしょうね……」
「知らないよ。あの人の考える事なんか一つも分からない」
2人そろってため息をつく。
宵歌のラインにはこうあった。
『2学期からりつと同じ高校に通う事になったよ! 吹部のコンクールがあるからすぐにはいけないけど、夏休み中にはそっちに移るから! 変な本とかちゃんと処分しときなよ? 宵歌たちのお金はお父さんが仕送りしてくれる事になったから安心してね! バイトもしなくてよし!』
以上全文。詳しい事はすべて伯母さんから聞いた。
「ああ……ようやく普通の高校生らしい生活ができると思ったのに」
僕は頭を抱えた。こう見えて普通の高校生らしい生活には憧れていた。馬鹿みたいな会話。口約束だけで履行される無鉄砲な遊行。明日のお金を心配する事なく散財したり、夜遅くまで友達の家でバカ騒ぎをしたり。僕は心の中でバカにしながらも羨ましく思っていた。
ようやく手に入ると思ったのに………また遠のくのか。なんで僕には男の友達がいないのだ。
「大人しくうちに戻ってればよかったのに。あっちには中学時代の友達だっていただろ?」
「それはそうですけど……でも、一ノ瀬さんと離れ離れにはなりたくなくて」
「あーはいはい、君たちの青春はけっこう。未成年ののろけ話ほど臭いものはないね」
小海さんは手をヒラヒラと何かを払う仕草をした。そういえば小海さんは彼氏いない歴イコール年齢なのだった。
「まだ気にしてるんですか? 選り好みしてるから行き遅れるんですよ」
「あー言ったな!? 一番言っちゃいけない事を言ったな!?」
「だって、山ほど告白されてるくせにいまだに彼氏がいないんだから、もう小海さんのせいでしょうが」
「だって、初めては信頼できる人がいいんだもん………」
小海さんが頬を染めて指の先をツンツンした。年甲斐もない。
僕が「バカだなぁ」と言うと「何を!」と首を絞められた。両手で。
「私より先に恋が成就したからってコイツ!」
「あいだだだだ……やめてくださいよ、今日はうちを見に来たんでしょ! 宵歌が泊まれる部屋があるかどうか報告するために!」
「そうだよ! 異性にばっかり囲まれやがってちくしょう!」
「逆恨みだ!」
年上の女性に恋人に関する質問をしてはいけない。人は恋をする生き物である。それは理屈ではなく本能なのだ。恋をしていないというだけで人は焦燥感にかられ、「結婚なんてする気が無いから」と独身貴族を気取る人も、心の中では恋人が欲しいと思っている。夫婦になるかは別として、恋愛はしたいと思うのが人間なのだ。
小海さんは彼氏がいたことが無い。欲しい欲しいと言いながらも彼氏候補を蹴落とし続けているのだから自業自得であろう。
彼女は八つ当たりのように『宵歌の部屋もある。来て良い』と報告した。
しかし思い出していただきたいのは、この部屋が2LDKであること。
2つある部屋のうち1つは僕の部屋。もう1つは仏間である。
「部屋、無いんですけど………」
「うるさい、困ってしまえ!」
この人はたまに大人げない所がある。しかし、たしかに困った。
「じゃ、駅に迎えに行くことになっているから、その日は空けておくように」
「……はい」
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