マシュマロよりも甘くて切ない恋

あやかね

第1話


 この世で何が厄介といって、阿吽あうんの呼吸で通じる幼馴染ほど厄介なものは無い。


 やろうとしたことを即座に察し、気がのらないと分かればすぐに話題を変える。欲しいと思ったものを視線だけで察して渡してくるのだから超能力者なのではないかと疑わしくもなる。


 それはおそらく、恋人や夫婦よりも深い仲のように思われる。


「りつ、喉乾いたよね。ジュースいる?」


「りつ~~、天気が良いし散歩に行こうよ。一ノ瀬さんも誘って!」


「うん、そうだね」


 驚くなかれ。僕はこの数日間、「うん、そうだね」以外の言葉をほとんど発していないのである。


 それというのも、宵歌が伯父の言いつけでやって来たせいだった。


「お父さんがね、りつは大怪我して大変だろうから見てきてあげなさいってうるさいんだよ。でも来てみたらめっちゃくちゃ元気そうじゃん」


 宵歌はそう言って笑った。


「……宵歌ちゃんはいつまでここにいるの?」一ノ瀬さんが不機嫌そうに言った。


「いつまでって……帰らないけど」


「は?」


 一ノ瀬さんはなぜか宵歌をライバル視しているらしく、来月から入佐高校に通う事になったと言う宵歌に露骨に顔をしかめて「なんで」とぼやく。


「りつが今回みたいな無鉄砲をしないように見張っておけってさ」


「ああ、じゃあ無理ね。りつ君はあたしのために火の中水の中だから」


「あら、お熱い事で」


 昼も夜も無く宵歌がいる。それは一ノ瀬さんにしてみればたいへん面白くない事態だった。


「じゃ、その分しっかり見張らないとね~~」


「はぁ!? ダメ! りつ君はあたしと暮らすの!」


「いくら一ノ瀬さんでもそれはダメだよ~~。家族のお世話は家族に任せてくれなきゃ……ね!」


「わっ! 急に抱き着くなよ!」


「あーーーーー! ちょっと!? りつ君!?」


「僕が悪いのか!?」


 左から宵歌が抱き着いて、右から一ノ瀬さんがのりだしてくる。女の子たちの取っ組み合いが僕を挟んで行われている………


「どうしてこうなったんだ………」


 僕は回想する。それは夏休みが始まってすぐの事だった。


     ☆☆☆


 僕達が付き合ってから1週間ほどが過ぎた。


 クラスメイトにとって僕達の交際がセンセーショナルでは無くなった頃、夏休みの気運が高まる。誰も彼もがソワソワしはじめ、恋に部活に気もそぞろ。初めて経験する高校生の夏休みに僕達はテンションが上がっていた。


「なあ、夏休みどうする? お前暇か?」


「ちょっと隣のクラスの奴とキャンプ行くことになってて……」


「はぁ!? せっかく東校の友達に女子を紹介してもらおうと思ってたのによ」


「まじかー」


 そんな会話が方々から聞こえる。人と交わる事を生きがいとする連中のリア充アピールには鼻持ちならなかった僕も、今年の夏は違う。むしろ優越感すら覚えていた。


 その人こそ一ノ瀬まどかさん。毛先まで整った長い黒髪が育ちの良さを伺わせ、154センチの体躯とスラッと伸びた手足がお人形のようである。それでいて太ももはムチムチとしており、発育途中の胸が若葉のような膨らみを作っているのだから、男はその艶めかしさに目を奪われる。


 そんな人が彼女になったのだから、浮かれとんちきになるのも仕方のない事。


「りつ君。夏休みはバイト?」


「全部クビになったよ」


「全部クビに!? 嘘!? 大丈夫なの!?」


 こんな状況でも僕は上機嫌だった。一ノ瀬さんがいればそれでいい。


「大丈夫、大丈夫。伯父さんが仕送りをしてくれる事になったし、学費なんかも払ってくれるってさ」


「ほぇー、気前がいいのね」


「なんでも小海さんが口を利いてくれたらしくてね。そんなに本気ならと応援してくれることになったんだとさ」


 伯父さんはやたらと僕を地元に縛りつけたがる束縛おじさんなのだが、一ノ瀬さんと起こした事件を経て考え方を改めたらしい。その事件というのが僕と一ノ瀬さんが互いの境遇に雁字がんじがらめになった結果選んだ青春的逃亡劇に端を発するのであるが、一ノ瀬さんとの運命的会合に始まり、付き合っている年上彼氏との問題の発覚。ドラマチックな逃走の果てに辿り着いた忌まわしき土地、そこで再開した幼馴染の存在。恋と友情に揺れる彼女の下した決断。そして訪れた彼氏との対決の時など、本筋とは関係ないので割愛する。というか前作を読んでくれ。


 僕達は何の障害も無く付き合う事ができるようになった。緊張していた心がほぐれ、今ある幸せを享受するだけのボンヤリ男の完成であった。


「じゃあ、これからずっと一緒にいられるわけね」と言って喜ぶ一ノ瀬さんを見ていると、それでもいいかと思えるのだから不思議だ。


「終業式も終わったし帰るか」


「うん。帰ろっ」


 2人で歩くいつもの道。かつては景色など気にしたことも無かったが、今はすべて色づいて見える。


「ねえ、コンビニとか寄っちゃう? 制服デートがしたいな!」


「あー、じゃあ、少し離れたコンビニが良いな。この近くのコンビニは僕がバイトしてたところだから」


「そんならいっその事、電車に乗って街に出る?」


 駅での会話である。一ノ瀬さんは「街に行く?」と訊きながら心の中ではもう決定していたらしく、いつもよりちょっと遠い切符を買った。


 帰るのは夕刻ごろだったろうか。


 はすに射す夕焼けに照らされながら見えてきた僕達の住むマンション。その入口に佇んでいる人影が見えた。


 その人は小海星歌さんであった。

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