第6話・強運を手放さない
酒場に集まったハンス旅団、旅団の規律は厳しい。常に戦闘を意識してか、彼らの眼差しは鋭く、誰もが殺気立っている。
リグレットはハンス旅団の前で、あいさつを始めた。
「俺は、リグレットだ。お前ら、知ってるか?転職師だ。転職してぇやつは、俺んとこ来い。キッチリ銭はいただくぜ」
リグレットは挑発気味に、ハンス旅団の団員を煽った。
ニハウはリグレットを制した。
「ここにいらっしゃるリグレット殿に、これから転職の儀を取り計らっていただく」
一糸乱れぬ、私語さえも許されない旅団が少しざわついた。
「ニハウ様が転職されるのでしょうか?」
旅団の取りまとめ役で、リーダーのメリルが言った。
「メリル、そうだ。私は勇者に転職する」
少しどころじゃない、旅団が大きくうねるように騒然となった。
(どうして、ニハウ様が勇者に)
(ハンス様たちとの折り合いが悪いのか)
(旅団を抜けるんじゃないのか)
さまざまな声が飛び交う。
「静かにせよ、私は旅団初の勇者となり、あのハンス兄弟を私に従える形にする」
「ニハウ様、それは……旅団を乗っ取るという意味でしょうか」
「言葉が過ぎるな、メリル。乗っ取るのではない、ふさわしいモノが、この旅団を運営するのだ」
リグレットとガルフ、ラニは苦虫をかみ潰したような顔で、ニハウのわがままな演説を聞いている。
「よしよし、んじゃぁよぉ、ニハウを勇者に転職させっから。腹、出せ」
ニハウはリグレットの指示に従い、転職の儀を行った。ニハウが光に包まれる。メリルら旅団員はそのまぶしさが目に焼き付いた。
光包まれたニハウは、勇者へと転職した。ニハウは従者に持たせていた、勇者装備一式を身に着けた。勇者の兜、鎧、小手、すね当て、盾、そして剣。全て「勇者の」という冠付きだ。ガルフはニハウをスキャンした。ニハウのステータスがモニターのように表示された。
「どれどれ、体力・攻撃力・防御力・魔力・すばやさ・運・信仰・カリスマ・徳、うーん随分低めだね」
「どれくらい低いんでしょうか」
ニハウはガルフに聞いた。
「そうだね、たぶんその辺の旅団員の半分程度かなぁ。レベルも1からだもの。でもすぐ上がるよ。最初は、旅団員にくっ付いていれば経験値も貯まるし、レベルもすぐに10ぐらいには上がるよ」
「レベルが10?」
旅団員のレベルはざっと見て30程度。メリルは【ブラインドステータス】のスキルを常に発動しているから、レベルがわからない。
「ニハウ、これで満足だな。転職は最初のうちはシンドイんだ。レベル低いんだから、今まで楽勝の敵にヤラレルなんてこともあるぜ」
リグレットはニハウからもらう転職の報酬を計算していた。ニハウは動揺を隠せなかった。勇者に転職すれば、すぐにでもハンス兄弟を配下に、もしくはこの旅団を我が物にできると目論んでいたからだ。
「リグレット!スキル継承は終わったの?」
「あぁ、そうだったな。ニハウ、レベルは引き継げないが、スキルは引き継げる。ひとつだけだ。どれにするんだ?」
リグレットはガルフが出しているニハウのステータススクリーンを見ながら確認した。
「えーっと、
・神の底力
【パーティー全員の能力値が50%向上】
・神のご加護
【パーティー全員の毒・呪・混乱・眠り無効】
・神の強運
【経験値が通常の二倍】
・神の息吹
【パーティー全員の神聖属性付与】
の四つだな」
ニハウは剣を抜き、構えた。
「モチロン、神の強運ですよ。レベルを上げたいですから。トコトン。楽しみですねぇ」
「わかったぜ、強運のみを継承させる。それで仕舞いだ」
リグレットは何かを予見しているのだろうか、これから起こることのすべてが見えているようだ。
ラニはガルフにこっそり聞いた。
「ねぇ、転職って、レベル1からなの。それって……」
「そうさ、パーティーのお荷物になることもある。だから、転職はパーティー全員で一緒にしちゃぁいけない。順番に転職が基本だ」
「そういえば、昔パーティー全員が同時に転職して、しかも全員戦士に、で即全滅したって笑い話聞いたことある」
「それに、パーティーメンバーとの信頼がないと、低レベルになった途端に……」
酒場の壁が崩れる。旅団メンバーたちの様子がおかしい。しかも、メリルの姿が見当たらない。リグレットたちは、酒場の窓を突き破り、おもてに出た。
酒場の外はアンデッドの大軍に囲まれていた。数にして二百。ハンス旅団のメンバー百数名は戦闘モードに切り替わっていた。既にアンデッドからの攻撃が始まっている。
「ははは、勇者ニハウ様。この時を待ってました。レベル1になる時を。愚かモノめが」
メリルはアンデッドサイクロプスの肩に乗っている。
「えぇ、サイクロプスのアンデッドってそんなのいるの」
ラニは攻撃の構えに切り替えた。
「ラニ、レイピアを納めて。リグレットの後ろに隠れるんだ。わかったね」
ガルフはラニを戦闘から外れるように促した。ラニは渋々リグレットの後ろに回り込んだ。
「メリル!いったいどういうことだ」
ニハウは剣を構えながら、得意の凍結魔法【リフリジ】を詠唱を始めた。
しかし、詠唱がなかなか終わらない。
ハンス旅団の団員もアンデッドたちに差し込まれている。通常なら楽勝の相手のはずだ。リグレットはニハウに請求する転職代の計算をやり直していた。
「ニハウ、お前のスキル、強運だけ継承したってことはよぉ、あと残り三つは捨てたってことだぜ」
「それは百も承知」
「知ってるのかよ。アレ、レアスキルだぞ。特に神の底力は惜しいよなぁ」
「再びラングリットの神殿試練に打ち勝てば取り戻せるスキルばかりだ」
ニハウはまだ凍結魔法【リフリジ】を詠唱している。団員は半数近くが戦闘不能となっている。このままでは、彼らもアンデッド化してしまう。
「【神の底力】があれば、団員はここまで差し込まれなかったろうな。しかも【神の息吹】がありゃぁ、アンデッドたちは一撃でイチコロよ」
「くぅぅ」
ニハウは苦悶している。彼はいつも選択ミスをする。選ぶものはいつもハズレ。そんな人生を変えたくて、敢えての賢者から勇者への転職を決意したというのに。
アンデッドサイクロプスの斧から繰り出される攻撃、あれは低級霊を召喚する【御霊おろしの斧】だ。ひと振りするたびに、低級霊が召喚されアンデッドたちの士気と攻撃力が上がる。ハンス旅団の団員はもはや数名になっている。
「あ~あ、せめて【神のご加護】があればな、団員のヤツラ、アンデッドの呪いもかからかったのにな。このままだと、旅団員はアンデッドになっちまうな」
「ねぇ、リグレット、アンタやっつけなさいよ」
ラニがリグレットの肩を何度も強くゆすった。
「いいんだよ、これで」
「ははっは、ふははっは。積年の屈辱ここで晴らしてやるぞ、ニハウ様っ。ぶちぶちにぶち殺してやる!」
その時だった、アンデッドの集団から炎が上がる。火炎魔法【ブエン】が炸裂してる。アンデッドサイクロプスの肩に乗っていたメリルがすべり落ちそうになった。
「な、なにが起きたんですか!」
アンデッドたちが燃えていく。即時に炭化し、炎と砂煙が重なっている。その奥からゆらゆらと陽炎の中から、二人の男がゆっくりとあらわれた。
「ニハウ、お前勇者になったのかよ」
大魔法使いのハンス・グーが嫌味たっぷりで言った。
超高僧のハンス・パーは、旅団員にかかったアンデッドの呪いを解きながら
「ニハウ、似合ってますよ」
と言った。
メリルは震えあがった。ハンス兄弟があらわれたのだ。
「詠唱速度がおっせぇんだよなぁ」
「なんだか、魔力もいつもより足りないですね」
ハンス兄弟は火炎魔法【ブエン】アンデッド解呪魔法【リバイブ】を唱え続けている。
「くぅぅ、ニハウめ!なんて、なんて、運の強い男だ」
「ハッハッハ!そりゃそうさ、アイツのスキルは【神の強運】だからな」
リグレットは高笑いした。
「でも、【神の強運】って、経験値が二倍になるだけじゃ?」
「お前はホントに、何も知らないな」
「スキルってのはね、一定条件、特にピンチになると上位発動するものがあるんだよ。【神の強運】はおそらく、【神々の御業】になってるんだろうね」
【神々の御業】とはあらゆるピンチを回避できる、死をも回避できる究極のスキル。発動するのはパーティーメンバーが戦闘不能であればあるほど、発動率は高まる。
「ニハウ!勇者の剣に【リフリジ】を乗せろ!」
「魔法剣にしてください」
基本ステータスが下がってしまっているハンス兄弟は、魔力切れを起こしかかっている。詠唱時間もいつもより長い。
ちょうどニハウの詠唱が終わった。凍結魔法【リフリジ】をそのままメリルとアンデッドサイクロプスにぶつけるか、ハンス兄弟の言うように、勇者の剣に【リフリジ】をエンチャントして魔法剣化するか。
「魔法剣はまずいよ、だってまだレベル1の勇者だよ。剣を振り下ろせないよ」 ラニはリグレットに言った。
「大丈夫だ。ニハウはわかってる」
「ニハウ!やれ!!!」
「ニハウ!信じてください!」
ハンス兄弟の叫びが聞こえる。
「リフリジ!我が剣に力を」
ニハウは勇者の剣に【リフリジ】をエンチャントした。剣がみるみる凍り付く。剣を持つグラブまで凍り付きそうだった。
ニハウは剣を振り上げ、振り抜いた。アンデッドサイクロプスの肩に乗ったメリルまで届かない。
その時だった、ニハウは剣の重みに耐えられずを地面に剣を突き刺してしまった。
「はっはhっははhhh!ヴぁあああか!バカモノぉおおお」
メリルのあざ笑う声が聞こえる。同時に、【神々の御業】が再発動した。地面に刺さった勇者の剣は粉々に砕け、粉雪のように舞う。
さらに、アンデッドたちを燃やし尽くしている火柱の熱風で広範囲に広がった。
メリルにもアンデッドサイクロプスにもこの砕けた勇者の剣が降り注いだ。一方、ハンスをはじめとするハンス旅団員、ニハウ、リグレットやガルフ、ラニには降り注がなかった。【神々の御業】による超幸運効果がパーティおよび、味方と思われる戦闘員に付与されたのであろう。
【リフリジ】を帯びた勇者の剣、砕け散ったことで食い込むようにメリルやアンデッドサイクロプス、残ったアンデッドたちに突き刺さった。その数秒後、ゆっくりとだが皮膚から身体の中心に向かって、凍結が始まった。
「ぐぬうううう、ニハウッめ。こんな、こんな」
メリルたちは凍り付いたまま絶命した。同時にニハウのレベルが一気に上がった。
「ニハウ!てめぇ勇者なんかに、勝手に転職しやがって!」
大魔法使いのハンス・グーがニハウに詰め寄った。
「そうですよ、仲間の私たちに何も言わないなんて。水くさいですよ」
超高僧のハンス・パーは髪を櫛でときながら言った。
「私は、お前たちを、お前たちが、羨ましかったんだ。旅団のみんなからは愛されてるし、私なんかより二百歳も若いのに、人望もカリスマもある。二人が、お前たち兄弟に嫉妬してたんだ!」
リグレットが間に割って入ってきた。
「やれやれ、ニハウよぉ、おめえはアホだ。伊達エルフだな。ただ長く生きてきただけで本質がわかっちゃぁいないな」
ニハウはリグレットの胸ぐらを掴んだ。
「何が言いたいんだ」
リグレットはニハウの手を両手で包んだ。母親が幼い我が子の手を握るように。
「ニハウの賢者のスキルはこの旅団にとっては要なんだよぉ。お前なくしては、この旅団は成立しねぇ」
「だったら、なぜ私が旅団の団長ではないのだ」
「わからないの、このボケタコ」
ラニがしびれを切らして、ニハウの頭をぱちーんと叩いた。
「旅団名をハンス旅団ってしたのは、アンタが敵さんからマークされにくくするためでしょ。実際戦闘でアンタが死んじゃったら、蘇生の魔法詠唱に半日以上かかっちゃうわ」
「そ、それは……」
ニハウは歯切れ悪く口ごもった。
「しかも、団長ともなれば普段から暗殺リスクも高まるのよ。なのに、団長になりたい、乗っ取りたい、だなんて、まるでガキね」
「ラニその辺にしておけ」
リグレットはラニを制した。
「で、ガルフ、ニハウのレベルはいくつになってる」
ガルフはスクリーンを開いて、ニハウのレベルを確認した。
「おぉ、すごいね、もうレベルが50だ。流石二倍の効果があるってもんだね」
リグレットはニハウをじっと見た。
「そこでだ、ニハウ。転職ってのは、完全実装までに七日間の猶予がある。つまり、ダメそうなら転職やーめたってできるわけだ」
「そ、そんなことが」
「でな、その場合は、お前なら賢者にもどしてやることはできる、スキルも全て元通りだ。ただし、残りの寿命が半分になっちまう」
「ニハウ、別に戻らなくていいぞ」
「ニハウ、勇者もいいもんですよ」
ハンス兄弟がニハウに気遣う。その言葉はウソではないようだった。ニハウは大粒の涙をこぼしていた。下を向いたままでいたのは泣いていることを悟られたくなかったからだ。
「リグレット、私は、賢者に戻ります。戻してください。残りの寿命が半分になってもいいですから。お願いします」
「ニハウ!!」
ハンス兄弟がニハウを引き留めている。しかしニハウの決心は固い。
「よし、分かった、巻き戻しをしてやる」
リグレットは巻き戻しの儀を行った。ニハウを光が包み、そして、その光は空へと昇った。
そして、ニハウは賢者に戻った。レベル1・スキルは全て回復、ただし残りの寿命が半分。おそらくあと六十年の命だろう。
「ありがとう、ございました」
ニハウは深々とリグレットたちに頭を下げた。リグレットは転職の儀と巻き戻しの儀合わせた分の報酬をニハウからきっちりもらった。
「しっかし、難儀なやつだったなぁ。賢者になっても、心は子どもみたいな、しかも長命種なのにね」
ガルフが皮肉たっぷりに口を開いた。
「まぁ、よぉ、転職ってのは夢みてたらダメなんだよぉ。しかも、転職ってのはまたレベルが1になるだろ。底辺からのスタートだ。今まで持ってきたスキルもほとんど捨てなきゃなんねぇ」
リグレットはたんまりもらった報酬を見ながら笑みがこぼれた。
「お嬢ちゃんもよぉ、魔法剣士になりたいだなんてのは、もう一度ちゃんと考えた方がいいぜ。まぁスキルは持ってねぇと思うからよぉ、失うものはないとは思うがね。なぁ、ガルフ」
ガルフはこっそりスクリーンを映し出していた。ラニのステータスをのぞき見し、スキルをあぶりだそうとした。ガルフは言葉を失った。ラニが持っているスキルとは。それはドラゴンの呪いを解くカギになるスキルだったのだ。
転職師リグレットは後悔させない 西野 うみれ @shiokagen50
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