第5話・勇者を夢見る賢者ニハウ

 ルードの街は中程度の交易都市。ルード周辺が砂漠地帯であるのに対して、ルード自体は地下水が豊富であった。実際、交易都市ルードの最大取引品は“水”であった。

「ねぇ、ここも満室だって」

ラニが宿屋の交渉から戻ってきた。リグレットも別の宿屋と交渉したが、別の宿泊客との相部屋ですら満室であった。


「どうするんだよぉ。野宿はやだよ。ふっかふかのベッドじゃなきゃやだよ」

 ガルフはリグレットに言った。

「なんだよ、おめぇはモンスターだろうが。のっぱらでも地べたでも、どこでも寝られるくせによぉ」

「ねぇ、ケンカしてないでさぁ、他の宿屋探そうよ」

 リグレットは頭を抱えた。

「もう、宿はねぇよぉ」

「ええーーーーー」


 リグレットたちの近くで、大きな荷物を担いでフラフラとあるく年寄り・ニハウがいた。前から歩いてきた三人組ならず者たち。また、ツケで酒を飲んで暴れていた。

「おぉおれはぁ、もと勇者なんだぇぇぜ」

「いやいや、おれが勇者だってばよぉぉ」

「なぁに、いってやがるぅ、俺が勇者だぉ」

 通りの真ん中を我が物顔で歩いている。さっきの大荷物を持った商人が三人組にぶつかった。そのはずみで、ならず者たちがふらっとよろけた。

「てめぇぇ、じじい、なにしやがんだ」

「ぶっとばしてやるぞ」

「そうだそうだ、おれたちゃ、勇者さまだ」


 ラニがレイピアに手をかける。この間合いなら、二呼吸で三人を倒せそうだった。緊張が走る。


 リグレットはラニの肩をつかんだ。

「よせ、まぁ見てろ」

「どういうことよ。あの人、けがしちゃう」

 ならずものの中で、一番背が低い男がニハウの荷物を蹴り上げた。はずみで、ニハウは前のめりになった。だが、倒れたのはならず者の背の低い男の方だった。


「いてぇ、いてぇ」

 男は痛みで悶絶もんぜつしている。

「あぁ~、あれ古代魔法だね。一瞬でリフリジを唱えたのか」

「リフリジって、あの凍結系魔法?あれって使える人いたの?」

 ラニは肩に巻き付かれているリグレットの大きな腕を振り払った。


【リフリジ】

 凍結系魔法の中で習得が困難とされる。大気中の水分をこぶし大ほど集め、振動させながら対象の体内の血液とシンクロさせる。シンクロ率が九割を越えたら、一気に水分を固体化する。その際に、多くの魔術師たちはその際に、振動エネルギーを熱エネルギー化させてしまう。結果、火球やブエンといった火炎魔法となってしまうのだ。

 火炎系魔法が比較的習得が可能なのは、振動エネルギーをコントロールすることなく、開放すればいいからである。それに対して、凍結系は振動を魔力で抑え込み、固体化させていかなければならない。


「おぉい、足、凍ってやがる」

「やべぇ、ありゃぁやべぇよアニキ」

「いてぇ、いてぇよぉ」

ならず者の背の低い男はつま先からふくらはぎまでが、一瞬にして凍り付いていた。ならず者たちは、仲間を抱えてその場から逃げ去った。

「しっかし、見事だったなぁ。でもよぉ、こんなところで、あんなやつらに、古代魔法ってのはいただけないな」

 リグレットははずみで飛び散ったニハウの荷物を拾いながら言った。

「あなたは?」

「俺は、リグレットだ。こいつはガルフで、このお嬢ちゃんはラニ」

 ニハウはガルフを見て驚いた。

「これは、ドラゴン?の呪いですね」

「呪いって、まぁそうだけども」

 ガルフはニハウを睨みつけながら言いかえした。

「私はニハウ、お察しのとおり賢者でございます。ルードの街で薬屋を営んでんでおります」

「俺は転職師だ。ニハウ、あんたこの街のモンならよぉ、空いてそうな宿屋知らねぇか?どこも満室なんだよ」

「ちょうど今は、雨季空けですからね。各地からルードの水を買い付けに、商人たちが集まりますからね。もしよければ、ウチに泊まりませんか。少々部屋は余っております」


 ニハウはリグレットたちを屋敷に案内した。それは薬屋一代で築いたとは思えない豪邸だった。

 ニハウの屋敷には数々の古美術品たちが整然と並べられていた。ドルスの天秤やガーメットの胸像など、秘宝クラスの品ばかりだ。屋敷を奥に進み、広い部屋に通された。暖炉がある、ベッドは三つ。その辺の宿屋よりも広く清潔な部屋だ。シーツはパリパリと糊付けされている。


 部屋の最も目立つところに大きな肖像画が飾られていた。三人の男と一人の女が描かれていた。

「ニハウ、これは。ハンス旅団か」

 ニハウは、頷いた。

「ハンス旅団って?」

 ラニはガルフに訊いた。

「五年前、リブレ王国のグステ国王が乱心しただろ?国王が悪魔化して、国中の子どもたちを喰ったっていうあれ」

「あぁ。あの、リブレの鬼グステ」

「そうそう、リブレの鬼グステを倒したのが、ハンス旅団」

「ニハウさんは、ハンス旅団の賢者ってことだから、あの女性が格闘家レイスで残りの二人が」

 ガルフはため息をつきながら続けた。

「双子のハンス兄弟か」


「ハンス兄弟って、あの大魔法使いのハンス・グーと超高僧のハンス・パー?」

「そうだよ。リブレの鬼グステよりも、あぶない二人だ」

 ニハウはリグレットの突然手を握り懇願こんがんした。

「リグレットさん、あなた、転職師なんですよね。私を、勇者に転職させてください」

 ニハウの握力が強すぎる。リグレットの手がきしむ。


「おいおい、ニハウ、あんた賢者だろ?賢者から勇者って、まぁ適性はあるけどよぉ、そんな転職なんでしたいんだよ」

「実は、あのハンス兄弟。私よりも若く、強い。魔力も多い、詠唱速度も速い。賢者といっても、詠唱魔法数はあの兄弟合わせたら負けます。火炎・雷撃系はハンス・グーの方が強力です。蘇生術・解呪術系はハンス・パーの方が上です」


 リグレットはニハウの手を振りほどいた。

「だから?なぜ勇者になりてぇんだ」

「私、ずっとあの兄弟にバカにされてきたんです。私の方が年上ですし、まぁエルフですから私。それに、それにですよ、まとめ役のレイスが産休で旅団離脱してからは、私の言う事なんて全く聞かないんです」


 リグレットは荷物ほどきを始めた。ガルフはベッドでうとうとしている。ラニは興味深く訊いている。

「つまり、ハンス兄弟にバカにされたくない。パーティーの主導権を握りたい。ってことで勇者になりたいってことか?」


 リグレットは荷物のなかから、リンゴを取り出しかじり始めた。

「まぁ、そ、そうですね」

「そりゃぁ、ダメだ。アンタは転職なめすぎだよ。旅団ってのは、パーティーとは違う。配下に百人ほどの部下がいるんだ。あんたはその中トップ4にいる賢者だ。それがよぉ、てめぇの仕事に価値見いだせずに、勝ち負けだけで勇者になりてぇとは」

「世も末よね、そりゃぁ世界平和も遠いわよ」

ラニがリグレットの代わりに言い放った。

「とにかくだ、明日、ニハウてめぇに連れていきてぇところがあるからよぉ、ついてきな。話はそれからだ。さぁ俺たちはもう寝る」


 翌日、ニハウはリグレットの勢いに押され、言われるがまま街の酒場についていった。

 酒場にはハンス旅団の団員百数十名が集まっていた。

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