第4話・レイピアの記憶

 リグレット達は北に位置するルードの街に向かっていた。ルードは商人たちがひしめく交易が盛んな街だ。食料も武器・防具も豊富にある。リグレットは新しい剣が必要だった。火球で歪む剣では心もとない。バクスタからお礼のゼム(ルード辺りの通貨単位)もたんまりもらっていた。


「おい、お嬢ちゃん、おめえはどこまでついてくるつもりだ?」

「もう、ケガも回復してるんじゃない?」

 ガルフはラニのケガしていた右肩に乗った。

「あ、ほんとだ」

 ラニはその回復の速さに驚いていた。


「私、前にも言いましたが、魔法剣士になりたいんです。リグレットさんたちと一緒に旅させて欲しい。ンイングの街を目指してたのも、転職するためだし」


 リグレットはため息をついた。ラニの前に立ちはだかり、一瞬にしてラニのレイピアを奪った。

「な、なにをするの」

「このレイピアどこかで見たことあるんだよなぁ。これ、なぁ、ガルフ」

「あ、コレ、ポルティーヌにあげたレイピアみたいだ。ほら、消えかけだけど、持ち手のところにRGの刻印があるもの」

「だろ。ラニ!お前の父親って、ポルティーヌじゃねえか?」

リグレットの勘の鋭さと記憶の良さにラニは動揺した。二十年近く前のことを覚えているなんて、と。


「そ、そうです。私の父は、魔法剣士ポルティーヌ。先の大戦で戦死しました」

 ラニの右手は奪われたレイピアのせいで手持ぶさたになっている。

「あのバカ、結局、魔法剣士になったのか」

 ポルティーヌは目立ちたがり屋の男だった。周りを見ることができない。配慮ができない、マイペース男。とにかく戦闘は自分が真っ先に、先陣を切りたいタイプ。武功を焦り、ケガが絶えなかった。魔法剣士は派手だ。エンチャントして剣を振る。通常の魔法よりも大きなダメージを与える。戦闘を一瞬にして終わらせることだってできるほどだ。だが、使い方を誤れば、リグレットのように剣ごとオシャカにしてしまう。


「父は、魔術の勉強に熱心ではありませんでした。戦闘経験は豊富でしたが、自分の残分魔力を把握する力にも乏しかった。魔力の配分にも鈍感だったと思います」

「だろうね。だからボクたちはアイツに忍者への転職を勧めたんだ」

 ガルフはラニの肩からリグレットの肩に飛び移った。

「盗賊なんて言うと響きが悪いけど、戦闘じゃぁそれなりに立ち回りもできるだろ。レイピアってさ、斬るよりも突きに特化した武器なんだよ。つまり暗殺も極められる」


 ラニは驚いた表情でリグレットに問い返した。

「父は、盗賊だったんですか?」

「そうだ、あいつはダンバリウム団の副棟梁。とにかく手癖が悪い。酒癖も悪い。でもなぁ、いい奴だった。女癖は悪かぁねえ。仕事のスキルは高かったから、開錠の腕はピカイチだったな。いつも宝箱のワナには引っかかってたけどな。ダーハハハッ。思い出しただけで笑えるぜ。アイツはマジで忍者が向いてると思ったんだがな」


 ポルティーヌはレベル75の盗賊だった。盗賊としてはほぼカンスト。レベル1から始めるなら盗賊流れの忍者よりも心機一転、魔法剣士で始めなおしたかったんだろう。昔の盗賊の先輩も忍者に流れてるから。また下働きは御免だったんだろう。だがな、アホのポルティーヌ、魔法剣士は魔法使いルートか戦士ルートの二択がセオリーなんだよぉぉお。リグレットはポルティーヌを思い出し、彼のいつものアホさ加減にふと笑みがこぼれていた。


 リグレットはラニから奪い取ったレイピアを見せながら言った。

「ラニ、これはな仕込みレイピアって言って、このグリップの凹みを強く押すと」

リグレットが構えているレイピアの先端から緑色の液体が飛び出した。

「これはガマウロコの毒汁で、さっきのバクスタの娘にかかった毒なんか比じゃねぇ。猛毒だ」


 それは一突きで致命の一撃をも与えられるレイピアだった。

「と、父さん…」

「で、お嬢ちゃんよぉ、魔法剣士に転職したいってのはきっとアレか?」

「父の遺志を受け継ぎたいってやつだよね」

 ガルフはラニに言った。ラニは静かにうなずいた。

「向こう見ずな父の戦闘スタイルは、子どもの私が見てもホントに危なかしっくて。いつもケガしてばかりで武功もあげられずで。友達からもバカにされて、くやしくて…」

 ラニの目から涙がこぼれた。ウソ泣きではなかった。


「ダメダメ、魔法剣士なんてそもそもアイツの遺志なんかじゃぁねぇよ。受け継ぐなら忍者だ。だけどな、お前が目指すのは聖騎士一択だ」

「え?」

 ラニの顔が驚きに満ちていた。

「いいか、まずお嬢ちゃん、パーティーが全滅したってのはウソだよな。お前のレイピアにはたくさんの血のニオイがする。ゴブリンは二十体は倒してるな。しかも単独で。しかも瞬殺で」

「そ、それは」

「お前は俺たちを待ち伏せしていた。おそらく俺の転職の儀が目的だろう」

「なるほど」

ガルフは状況を飲み込んだ。


「お嬢ちゃんは、既にレベルが60近い。さっき、バクスタのレベル確認した時に【方位の珠】でこいつも覗いたんだよ」

「いつからわかってたのよ」

 ラニの表情が曇る。


「お前が茂みから出てきた時、右肩の傷は敢えて致命の傷を外れているように見えたし、下半身が全く汚れてないだろ。そりゃぁ、強者の足の運びだわ。なんてったって、脚まわりがゴツイ」

 リグレットはレイピアをラニに返した。ラニの隠密行動のスキルの高さは父譲りだ。茂みで気配を隠していたことは直前までリグレットにもガルフにもわからなかった。明らかに忍者への転職が向いてる。忍者を極めれば、この数百年産まれていない黒頭巾への転職も可能になる。その先には…。


「お嬢ちゃんよぉ、おめえは聖騎士を目指すのがいいと思う。聖騎士は後衛主体の戦闘スタイルだ。背後からパーティーを指揮する。補助系の魔法はいつかけるか、タイミングがポイントだ。パーティーを俯瞰で見られる力が必要ってこと。お嬢ちゃんにはその力があると俺は思うぜ」

 ラニはなぜか嬉しかった。自分のことをこんな風に分析されたこと、いつものラニなら他人にどうこう言われようものなら、相手を斬りつけるほどだったが。リグレットの目を見ていると、自分の中にある素直さがこぼれ落ちるように出てきた。不思議な感覚だった。


「それに、魔法剣士は、何度も言うが魔法使いルートじゃないと厳しい。魔力切れが頻繁に起こるからな。エンチャント系の魔法は通常の魔法よりも魔力を消費する。コレ常識」

「えぇ!そうなの?」

 ガルフは驚いた。

「おめぇ、ドラゴンスレイヤー志望なんだろ、そんなことも知らなかったのかよ」

 リグレットはまくし立てた。

「つまりだな、お嬢ちゃんみたな戦士上がりの魔法剣士ってのは、魔力切れしがちなんだよ。だから、俺が渡した【ダンケルクの石】みたいな体力を魔力に変換するアイテムを使わざるを得ねぇんだ。だが、それは…」

「諸刃の剣ってことね!」

 ラニはリグレットに言った。

「そうだ、それに魔法剣士は、それ以上の上位職がねぇ。これも常識。」


 リグレット一行が歩きながら話していると、いつしか、河辺にたどり着いていた。いけないここはあの魔物たちの巣だ。リグレットの背後から、斧が!

「危ない!四時の方向!回転!足もと狙え」

 ラニはリグレットに声をかけた。リグレットはダガーを抜き、リザードマンのアキレス腱を二本とも瞬時に断ち切った。リザードマンの叫び声が響く。

「流石だな、やはり判断力が素晴らしいな。お嬢ちゃんはよぉ」


 リグレットはダガーに付いた血を振り払った。

「リザードマンたちに囲まれないうちに、ここから離れましょう」

 ラニはリグレットとガルフに指示した。まるでパーティーのリーダーのようだった。リザードマンたちの巣を離れ、ルードの街が見えてきた。

「で、お嬢ちゃんはどうすんだよ。もうルードに着いちまうよ」

「聖騎士、いいかもしれない。でも、他にも私に合うジョブがあるかもしれないよね。だから…」

「だから??」

「しばらく、リグレットとガルフと一緒に旅をさせて。それでジョブを決めてみたい」


 リグレットとガルフはお互いを見つめ合った。リグレットはやれやれといった素振りで、ガルフはミニドラゴンなりに笑顔に見えた。

「いいよ、ボクたちと一緒に行こうよ。ねぇ、リグレット」

「あぁ、旅も二人じゃぁ心もとなかったしな」

「やったぁ!!それじゃぁ、今日から三人パーティーってことね」

「転職は納得して決めるもんだからな。でも、俺の転職の儀は、決してラニを後悔させないぜ」

 ラニが初めて笑った。リグレットたちはルードの街に入り、宿屋を探した。

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