第4話 石神井公園の戦い

「本来、口頭伝承が力を持つにはずっとずっと長い年月が必要なんだ。桃栗三年柿八年、付喪神なら九十九年。物語が力を持つには、そうさざっと二百年というところかな。でもね、ところが都市伝説はずっと短いサイクルで生まれては消える。本来はこの世に残ることのできない負け組たちさ。だが、彼らは生き残る道を見つけた。映画『ジュラシック・パーク』は観たことがあるかい。勿論ボクはないけど。大事なのはマルコム博士の言葉さ。『生命は道を探す』。都市伝説は人を器にした。人並外れた想像力を持つ者、修正不可能なほどに歪んだ妄想を抱いている者、現実を受け入れることを拒絶する者。彼らは現実を生きながら、同時に物語の主人公になることができる。いとも容易く世にあらざるべき存在に居場所を与えてしまう」


魔女との二度目の深夜デート。今日は都市伝説探しから付き合うことになった。

     

「ところで今日は徒歩なんだ。ワープしようぜ、ワープ」


 俺は、昨晩、有楽町のホテルから一瞬にして井荻のマンションへと瞬間移動したことを覚えていた。あんな便利なモノ使わないと損だ。


「目的地にエレベータの出口がないと『どこかに繋がるエレベータ』は使えない」


 都市伝説『どこかに繋がるエレベータ』。それも捕食した一件だと彼女は説明した。

 俺と魔女は、池袋まで山手線で移動、西武池袋線の最終列車に乗り換えて石神井公園駅で下車した。真夜中に日本刀を持った女子高生を連れまわしても、誰の注目を浴びることもない、それくらい日本は平和な国だった。


「昨日は井荻で、今日は石神井公園か。案外近くだな」

(注:直線距離2.3kmである)


「ああ、事情があってこの辺りは都市伝説が生まれやすい環境なんだ。勘のいい人間ならわかるはずだが」


「そんなクイズみたいなこと言われても、分かるわけないだろ。俺はホント何も知らないんだよ。そういや、『偽の警察官』で検索したらいくつかヒットしたよ。割と有名な話なんだな、何十年も昔からそれっぽい話はあったみたいだ」


「ああ、でも昨日の個体はおそらく生まれて数カ月のよちよち赤ちゃんだ。オリジナルから何代目か代替わりしてるんだろうね。いくら都市伝説として有名でも、個体として成長してなければ弱弱だよ。もちろんボクはオリジナルだぜぃ」


「おう、そこで俺に疑問があるんだ、答えてくれるか。昨日のマンションで倒れていたオッサンを見たぞ。アレが『偽の警察官』の器なんだろ。あのオッサンは大丈夫なのか」


「そだね。都市伝説が傷つけられようが、殺されようが、器となる人間には傷一つついたりしないはずだ」


「それ、信じていいんだな?」


「ああ、彼女は安全な場所にいる。『第四の壁』の向こう側さ。ノアはこの世界の外側からボクという物語を観察していると考えてくれればいい。そうすることで、ボクはこの世界の存在としてあり続けることができる」


「脳の処理能力がオーバーしそうだ。顔に似合わず難しいこと知っているんだな」


「これも全部受け売りさ。そう教えられただけ。たぶんキミのような人間に説明できるように、そうしたんだろうね」


「ノアが言っていたハイパーマインド・アドバイザーの男か」


「多分」


「そいつの居場所を教えてくれないか」


「残念だけど、彼は自分自身のことは何も教えてくれなかったから分からないんだ。ボクが知ってるのは教えられたこと、それとボク自身興味ある事だけだ」


「残念だ。まあ、お前が無茶してもノアが無事だと判って安心した」


「ふーん、君はまだノアのことが好きなんだね。妬ける妬ける」


「まーな」


「彼女には迷惑かけるが、幸せになって欲しいとは思っているんだぜ。だから、キミのことだって応援している」

 

 これにはどう返事していいものか。

 そのうち公園へと辿り着く。

 すでに終電も終わっている。公園内にほとんど人気はなかった。


「今ボクが追っている本命はここにいる。探ってはいるんだけど、ボクの活動時間も限られているからね。今のところ成果はなし」


 周囲を見渡す魔女。でも彼女は目で見てるわけじゃないんだろうな。

 俺は周囲を警戒する振りをする。なにしろ夜の公園だ、街灯を頼りになんとか木々と道の輪郭がどうにか分かる程度。


「しばらくは毎晩ここに通うことになる?」


「そうだね、最悪ならいつまでも――だけどね、都市伝説は広く人々に認識されるために活動する。噂になるために人を殺し続けるんだ。そうして力を付けていき、器となる人間もより強く都市伝説に縛られるようになる」


「殺人がエスカレートしていくってことか。そんなことになったら世の中無茶苦茶だ」


 そのとき魔女は珍しく神妙な表情を見せた。それは俺が口にした言葉が真実であることを物語っていた。そんな危険がこの世界にはあまた存在しているのだ。


「もちろん、これ以上被害が出るのを待つつもりもないよ」


「わかった。人類を代表して俺も手伝う。で、ここにいる都市伝説ってのは何者なんだ」


「分からない」


「分からないのかよ」


「お前たちが使っている、それ。スマホとかいう奴の使い方も知らん。ボクにできるのは匂いで感じて、捕食して情報を取り込むことくらいだ」


 見た目によらず獣じみてるな、コイツ。


「オーケイ。じゃあ俺は情報収集担当だ。何かの手掛かりになるかもしれない」


 都市伝説といえども、色々な場所に自由自在に瞬間移動できるわけじゃあないようだ。だとすれば、都市伝説が現れる前後、必ずその器になる人間がその場所にいるというわけだ。都市伝説の匂いをかぎ取れない俺は、その器になる人間を探すしかない。

 「石神井公園 噂」で検索。出てきたのは「石神井公園 ワニ騒動」

 三宝寺池の「水辺観察園」にワニが生息しているという話。噂の始まりは1993年ころ、翌年には石神井川でワニの死骸が見つかったとも。それから30年が過ぎ、最近ではカップルが襲われてその片方が食われてしまったという話がまことしやかに囁かれている。

 間違いない、これだ。

 「水辺観察園」。『器』がいるとすればそこだ。


 さっそく足を向けると、池を眺める男が一人。


「あのう、すいません。この近くで何か怪しいモノを見ませんでしたか?」


 男は、無精ひげを生やし、髪の毛はボサボサで白髪交じり、よれよれの服を着たうだつの上がらない中年男性。


「怪しいモノかい。今は、そんなものでも見られるなら見てみたいものだ」


 男はひどく落ち込んでいるようだった。警戒はしてみたが、無関係なのか。

 男は俺には興味がないとばかり池の水面に向きなおり、ぼそぼそと独り言をこぼすばかりだ。


「真っ白なんだよ。原稿用紙が……。」


「じゃあ、失礼します。もしワニでもいたら、教えてください」


 軽口のつもりでそう伝えた。しかし、男は鬼気迫る形相で俺に向かって迫り、しがみついてくる。


「キミにもワニが見えるのかね? 僕にもね、ワニがね……ワニが見えるんだよ」


 目の焦点も会わない様子で早口で唾を飛ばす。


「僕はねぇ夜になるとね、いつもここに来ちゃうんだよ。原稿用紙からワニが出てきちゃうんだ。だから、ここに来るんだよ。だって僕の部屋にワニが出たら困るじゃないの、ねぇわかるでしょ」


 いきなりアタリを引いてしまったか?

 俺の腕を掴む男の両手に力がこもる。

 俺を男を引き離し後方へとほうり投げてくれたのは、魔女だった。


「キミ。そいつは漫画家だ!漫画家ってのはマズイ。妄想力が豊かで、それでいて現実を恨んでいる。まさに都市伝説の核になるにはうってつけの存在なわけさ」


「いやいやいや、そんな爆弾発言やめてくださいよ。ひどい妄言だぜ、漫画家さんはクール・ジャパンの担い手。実際は、皆いい人ばかりだからね」


 俺が慌てているうちに、周囲の池から何十という数の白いワニが這い出てきた。そして、オジサンもまた、巨大な白いワニへと姿を変えていたのだった。


「お手柄だよ、キミ。さぁて、ここからはボクのステージだね」

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元カノが都市伝説になった件 影咲シオリ @shiwori_world_end

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