第3話 タピオカを深夜に売る店
夜の街に生きる人々がささやかな憩いを求めて、タピオカをすする。そんな物語が
「タピオカが空っぽになるまで、質問に答えてあげるよ」と魔女はいった。
事情も知らないまま振り回されてるだけじゃあ俺はつまらない。コイツだってそうだ。俺を完全に無視するわけでもなく、焦らしては弄んでいる。要は駆け引きだ。いつまでもカードを切らなきゃ、ゲームは進まない。
「『偽の警察官』という話を聞いたことがないかな、あれはそれだよ」
「本当にあった怖い話的な?」
「
「なんだって?」
「さぁ、ボクもよく分からない。ただの受け売りだから、門前の小僧習わぬ経を読むってやつ。とにかく人を殺す悪い奴だよ。それを今さっき倒したというわけ。まだまだ食べ足りないんだけど、とりあえずはごちそうさま」
「タピオカ?」
「いや、ボクは
そういうものなのか。コイツ見た目は可愛いけれど、とんでもない化け物の様だ。悪食にもほどがある。魔女は勢い良く2杯目のタピオカを飲み干した。3杯目はタピオカ・ブルーハワイをご所望の様だ。
「つまり、お前は正義の味方で、悪い妖怪を退治して食べるって考えとけばいいのかか。でも、その正義妖怪がどうしてノアの姿をしているんだ、本物のノアはどこに行ったんだ?」
「ノアはボクに混ざりこんでいる。二人は一心同体ってやつだ」
混ざりこむ?乗り移るではなくて?
事情は半分も理解できないが、ここで俺は本題に切り込むことにする。元・彼氏としてノアから託された課題はクリアしなければならないんだ。
「なぁ、ノアが困ってるんだ。頼むからノアの中から出て行ってくれよ。タピオカが必要なら、俺が何とかする。それで手を打ってくれ」
「えーと、それはお断りだ。ボクと彼女の関係は
それは俺の役割のはずなんだぜ?
魔女の表情に後ろめたさのようなものはない。ただ納得しろと僕に説く。
「ノアが選ばれたのは偶然じゃないんだ。ボクがいなくなっても、他の都市伝説に取り込まれるだけさ。彼女はねぇ、特異体質なんだ。それも、とびっきり高品質のね。」
「霊感体質みたいなものか? そんな話、ノア本人から聞いたことないけどな。どちらかといえば鈍感な奴だぞ」
「ボクには人間のことは分からない。人間社会のことはからっきしだ。ノアは言ってただろ、悪い男に騙されたって。アイツに聞けばきっと分かるよ。ボクを魔女と名付けた奴だ。よくよく考えたらネーミングセンスが悪いぞ。ボクにはもっとふさわしい名前があるはずだよね。だから、もっとボクのことを聞いてくれないかな、そうすれば君の考え方もきっと変わるはずだよ。それにタピオカも残り少ない」
「じゃぁ、君は何者なんだい、魔女を名乗るタピオカ好きの少女の正体は?」
「ボクは『夜明けの魔女』。今はその名しかない。力なき者の守り手。人類の救済者。都市伝説を狩る都市伝説――ボクがいなくなれば、多くの無辜なる人々が死ぬことになる。だから、ボクも消えるわけにはいかない、よね?」
「それは正義のために、ノアに犠牲になれというのか」
「さぁ?そんなのは知らないよ。人間のことは人間同士で話し合ったくれ。ボクは与えられた役割を演じるだけさ。ボクも哀れな都市伝説にすぎないてことか。腹が立ってきたな」
結局4杯分のタピオカを奢らされた後、彼女は帰ると言い出した。
「なぁに、12時の鐘が鳴るたびにまた会えるさ。ボクたちまるでシンデレラだね」
いや。逆じゃねーか?気付く頃には彼女は姿を消していた。
帰るっていったいどこにだよ。
◇
「それでね、家に帰ったらね、冷蔵庫の中がタピオカでいっぱいだったのよ!怖いでしょ」
次の日の朝。俺とノアはホテルの部屋で目覚めた。もちろん、それぞれのベッドでだ。ビデオカメラを確認すると、部屋に戻る魔女の姿がバッチリと映っていた。布団に潜り込むと魔法が解けるように元の姿に戻っていった。
遅れて俺が部屋に戻る。寝息を立てているノアの姿に安心した俺は、そのまま隣のベッドで眠りに落ちた。それが顛末
そして朝食、俺が事情を理解したことを確認すると堰を切ったかのように自分の身に起きた怪奇現象を説明しだした。
「妖怪タピオカ小僧の仕業かしら。それともタピオカ小僧なんて、タピオカ業者が作り出した、ただの噂話だったりするのかな」
タピオカ小僧なんて聞いたこともない。ただの噂話、それは正解。いい勘してる。ノアの知る限りでは、真夜中12時になると何者かが自分に乗り移って、夜の街をさまよっているということだった。寝室にバス停の看板が残されていたこともあったそうだ。夢遊病、二重人格、狐憑き、それっぽい文献を調べてみたが確証は得られなかった
「だいたいさぁー今更タピオカかよっでしょ。しかも、財布のお金も電子マネーを使った形跡もないから、どこから盗ってきたのかも心配だし――」
「昨晩、悪い男に騙されたって言ってただろ、そこを説明してくれよ」
「ああ、アイツのことね。真面目そうな人だったから、信用していたんだよ。でも、今から考えると原因はアイツにあるとしか思えなくて――」
「だったら話は早いじゃないか。そいつから全部聞き出せばいい。俺に任せろ」
「何て名前だったかな。忘れるはずがないんだけど、おかしいな。超心理学を専攻してる研究者で、ハイパーマインド・アドバイザーって仕事をしてるって言ってたんだ。私にはすごく才能があるから、それを世界のために役立てようって」
そう言いながら、スマホから連絡先を検索するノア。出版社で働いている彼女のことだから、知り合いも多いのだろう。
「めちゃくちゃ怪しいな。間違いなくそいつが犯人だ」
「ごめん、全然記録が残ってない。ちゃんと調べてから報告するよ」
「お、おう」
黒幕だとしたら簡単にしっぽを掴めるわけもないか…
「でさ、なんで私は若返ってセーラー服に着替えてるわけ。どういう仕掛けなの?」
「俺に聞くなよ。それがお前のすごい才能って奴なんだろ。ノアの深層心理が求めてるんだよ、懐かしい高校生活を。多分」
「そうなのかなぁ」
「ちなみにすごい有名人みたいだぞ。『夜明けの魔女』って呼ばれているみたいだ。ほら、SNSでキーワード検索してみた。正義の味方だって、よかったな」
goodgood検索で5万ヒット。メタトークで500件ヒット。イイネも結構ついてるぞ。正直、微妙な数字だが都内の女子高生を中心に目撃談がチラホラあるようだ。
「よくない。全然良くないよ」
彼女は机に突っ伏して、じたばたしている。
「神社でお祓いしてもらおうかな。催眠療法とかどうだろう」
驚いたのは、彼女が本気で泣きだしたこと。
顔を上げたノアは真っ赤にした目で俺を鋭く睨みつける。
「仕事、やっとこれからってところなのよ。なんで、なんで私が――」
ノアが肩を振るわせ泣いている。こんなに弱い人間だったのか。
いや、もちろん彼女が置かれている状況は最悪だ。俺なら泣く。泣き叫ぶ。
でも、ノアはどんな困難だって楽しむような奴じゃなかったか。
夢から逃げてしまった俺に、今もまだ夢の中であがいている彼女の悔しさは理解できないのかもしれない。
「ねぇ、助けてよ。お願いだから、私を助けて。誰かじゃなくて、アキトが私を助けてくれないと、ダメ」
ノアはいつだって俺を頼りにしていた。甘えてきたし、無理難題を言ってきた。でも、それは全部本気じゃなかった。彼女は強かった。決して俺に寄りかかろうとはしなかった。いつだって最後は自分で全て丸く収めてしまう。彼女のそんなところが、俺はとても、とても――
「7年だぞ、あれから7年も経ったんだ。7年かけて、それでも俺を頼ってくるのか」
「だって、私のためなら何でもするって言ったじゃない、アキト。そういってくれたのはアキトだけだよ。だからお願いするの」
彼女は俺が知るノアではなかった
7年経って大人になったノアでもなかった
ノアはカバンの中からメガネケースを取り出す。眼鏡を掛けた彼女の顔を見るのは初めてのことだ。
「『ノアは視力だけはいいんだから、目を大切にしなよ』って言ってくれたのにね、ごめんね」
涙をふいた彼女はスマホを手に取るとSNSの書き込みを確認する。
そんなこと言ったっけ。視力だけ、そんな言葉は嘘だって分かってくれてたよな。
俺はお前の全部が好きだった。それくらい分かってくれてただろ。
「私だって『私のためなら何でもする』なんて言葉を信じるほど馬鹿じゃないよ。でも信じたいと思うくらいには馬鹿なんだよ」
そうか、俺はそんなお前が××××××××××××××××
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