浄苑寺の伯駿

 ひっち過激団は又兵衛の家臣に連れられて浄苑寺にやって来た。

 庶民の姿に身をやつし、乗り込んで偵察する予定だ。

 そのために、石造りの階段をひたすらに登る羽目になった。

「きちいなあ、こりゃ」

「帰宅部故なおのことこたえるだろう」

「帰宅部じゃなくたってキツイよ」

 ひっちにだーいしが久々の部活動マウントを取ろうとするも、そんな次元ではなかった。

 たまさんの言う通り、部活動に入っていたってキツイ。

 

 登っても登っても階段が続く。

 ついに石段を登り切ったひっち過激団は寺の周辺を確認し始めた。

 ぱっと見は本堂が大きいこと以外目立った点が見当たらない。

 しかし、よく見てみると本堂からは周辺の景色を一望できるようになっていた。

 これなら外敵が来ても一目瞭然だろう。

「普通にきれいな寺じゃん」

「そうだよな、もっとおどろおどろしいのを期待してたんだが……」

 ひっちとかずやんがぱっと見の印象を口にしていた。

 そんな中、やたら熱心に周辺を見渡す男が一人。

 だーいしだ。

 寺自体に興味があるというのも間違いないが、自身の役目を果たそうと必死になっているのが分かる。


「何か見つけたのだーいし?」

「見つけたいが見つからない」

 このまま周辺をウロウロしているのは怪しいだけだ。

 寺の人間に不審者扱いされてしまいかねない。

 そんな時だった。

 一人の高僧らしい人物が本堂から姿を現した。

 高僧は顔が大きく、ぎょろっとした目が飛び出していた。


「あのー、布を持って来ましょうか? くしゃみ我慢してますよね?」

「だめだよひっち、そんなこと言ったりしたら」

「どうして?」

「もともとそういう顔の人なんだよあの人は!」

「たまさんひでえ」

 ひっちが声をかけるも、たまさんに静止されてしまう。

 そしてかずやんがツッコミしたくなるくらい、たまさんが無意識に失礼な発言をしている。


「私は伯駿。そなたたちは? 見かけない顔だが……」

「た、たまたま通りかかった旅の者ですよ」

 かずやんが慌ててその場を取り繕う。

 幸い伯駿にはまだ正体を気付かれていない。

 よく見てみると、伯駿の後ろの方に屈強そうな僧が数名うろうろしている。

 おそらく彼らが僧兵なのだろう。

「すまないが、この国には未来がない」

「それは一体?」

 伯駿にだーいしが問いかける。


「鈴木和朝という大馬鹿たれを打ち倒さない限りな……」

 伯駿の発言にかずやんとたまさんが大きく頷いていた。

 傍から見ているとヘッドバンギングに見えてしまう。

「それはつまりいっ、ごふごふっ」

「「いやー、何と素晴らしいお考え」」

 だーいしの口をかずやんとたまさんが二人がかりで塞いでしまった。

 だーいしは何か言いたげな顔をしているが、ごふごふとしか聞こえない。

「民を苦しめる存在は排除しなければな」

「「素晴らしい! 素晴らしい!」」

 かずやんとたまさんはもはや伯駿を褒め称えるbotと化している。

 これで大丈夫なのだろうか。


「やっぱお坊さんって頭いいんだな。気に入らない奴はぶっ倒せばいい、いやー響くなぁ」

 そして、独自路線を行く男がここに一人。

 ひっちはひっちで伯駿の考えに感化されていると言えるのではないだろうか。

 伯駿の言葉に賛同しているのは他にもいるようだ。

 伯駿の言葉を耳にし、民が続々と姿を現す。

 和朝の領地から抜け出し、苦赦味教の信者となっている人間が少なくないことが分かる。

「そうだ皆の者、鈴木和朝のような大馬鹿たれに従う必要などないのだ!」

「「正論過ぎてぐうの音もでねえ!」」

 伯駿の言葉にかずやんとたまさんが大喜びしている。

 ライブにでも行ってるかのような感覚で腕を突き上げ、歓喜を表現している。


「やっぱお坊さんって頭いいんだな。言葉が心に沁み込んでくる」

 そしてひっちはひっちでしみじみとした表情で伯駿と信者たちを眺めていた。

 そしてその奥で疎外感を感じながら、だーいしが一連の様子を見ていた。

 真面目に偵察を行わない他の三人に対して怒りが沸きあがっている。

 だーいしにしては珍しく顔が真っ赤っかであった。

 だがしかし、そこはだーいし。

 すぐに冷静さを取り戻し、一つの仮定に至った。

(もしや、三人は伯駿に洗脳されたのでは?)

 だーいしは三人をすぐに信者たちの輪から離し、三人が正気かどうかを確かめる作業を進めた。


「おい、みんな! 気は確かなのか?」

「どうしたんだよ、だーいし」

 だーいしがかずやんの両肩を握り、体を揺らしている。

 対するかずやんが気だるそうに答える。

「よもや、伯駿に洗脳されてはいまいな?」

「そんなん始めからしてないよ」

 だーいしの質問にたまさんがハッキリと答えてみせた。

「それに、バカ殿が気に入らないのは本心だし」

「そうだぜ、俺たちのこと疑ってたのかよ」

 たまさんとかずやんがだーいしに説明してみせる。

 ここまで説明すれば、流石に疑いは晴れるだろう。


「では、ひっちのことはどう説明するのだ?」

 だーいしがぼけーっとしているひっちを見る。

 そこには不思議なくらい天を仰ぎ見ているひっちがいた。

「やっぱお坊さんって頭いいんだな。よしみんな、おれたちもあのバカ殿をぶっ潰してやろうぜ!」

 三人の方を急に振り返り、ひっちが声高らかに宣言する。

「ひっち! 伯駿に洗脳されてはいまいな?」

「洗脳? 何それ? 京都銘菓?」

「ボケがベタ過ぎるわ」

 だーいしの声掛けにひっちがボケボケな答えを返す。

 かずやんが我慢しきれずにツッコミを入れてしまった。

「とにかく、一旦帰るぞ!」

 だーいしが再び怒り始め、三人を連れて帰ってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る