VAtuberになりたいひっち

「ひっち、今度はどうしたんだよ? 緊急会議って話らしいけどさ」

「そうなんだ、そうなんだよみんな!」

 かずやんの質問に対して興奮気味のひっち。

 今度は一体何を思いついたというのだろう。

「大勢に影響のない話なのだろう」

「まあ、ひっちだしね」

 だーいしとたまさんも大した話ではないだろうと考えていた。


「おれ、VAtuber《ヴァーチューバー》になりたいんだ!」

「なってどうするのだ? ひっちは」

「好きなことして稼ぎたい!」

「そんなことだろうと思ってたよ……」

 だーいしの質問に非常にシンプルな欲望をひっちがぶつけてくる。

 隣でたまさんが予定調和だと言わんばかりの表情を浮かべている。

「VAtuberになってしまえば好きなゲームの配信してお金がっぽがぽ! うはははははは!」

「また始まったよ」

「捕らぬ狸の皮算用とはひっちのための言葉だな」

 ひっちがまた自分の世界に入り込んでしまったので、たまさんとだーいしがため息をついてしまっている。


「VAtuberのVとAを逆にしてもいいよ」

「何でそうなるんだよ!」

 唐突なひっちの下ネタにかずやんがツッコミをかます。

「ひっちさー」

「どしたの?」

「VAtuberになるにあたっての具体的なプランってのはあるの?」

 たまさんがひっちのしょうもない願いに対して具体的な質問を投げかけた。

 はっきり言って無視されても仕方のない内容だが、ちゃんと質問しているのがたまさんの優しさだろう。


「モデルならいる」

「誰だい?」

「おれは寺鐘じしょうカリンちゃんみたいなのがいい! あーカリン艦長!」

 ひっちはお気に入りのVAtuberの名前を上げ、興奮している。

「艦長ー! おれだー! エロいこと言ってくれー!」

 ひっちのテンションがどんどん高くなっていく。

 そして一人で舞い上がってしまっている。


「国家安康、君臣豊楽はだめだ!」

「だーいし、ひっちにはそんなの分からないよ」

 だーいしが唐突な言葉をひっちに投げかけるが、ひっちに方広寺の鐘の話など分かるはずがない。

「ってかだーいしは寺鐘カリンちゃん知らないのか?」

「すまぬ、勉強不足だ」

「人気VAtuberでひっちのお気に入りなんだ。この巨乳の女の子なんだけどね」

 だーいしが寺鐘カリンのことを知らなかったので、たまさんがスマホで検索して説明する。

 だーいしも見覚えがあったらしく、すぐ腑に落ちた表情に変わった。


「何となくだが見覚えがあるな」

「あと艦長と言えば歌だね。VAtuberトップクラスの歌唱力があるんだ」

「なるほど、つまりは需要と供給が一致しているということか」

「そうなるね」

 たまさんから寺鐘カリンの補足解説を聞き、だーいしが納得していた。

 巨乳でかわいい女の子がエロいことを言ってくれるのだから、ひっちによく刺さるのは当然と言えるだろう。

「ひっちはこんな風になりたいのか?」

「なってお金儲けがしたいみたいだね」

「すぐ垢BANされそうだよな、ひっちは」

 だーいしの素朴な質問に、たまさんとかずやんが続く。

 どことなく想像できてしまうのがまた何とも言えない。


「シャーラーップ! 俺の野望はそんなことで潰えはしない!」

「んでさ、ひっちはどんなキャラでいくつもりなんだ?」

 謎の強気っぷりを発揮するひっちに、かずやんが気になることを聞いてみた。

「魅力にものを言わせて、お金や物を要求しちゃうんだ!」

「つまりそれって乞食ムーブじゃん」

「強欲ひっち!」

「クレクレはダサいな」

 ひっちの回答に他の三人が続く。

 ひっちは総スカンをくらっている。

 無理もない話だ。


「歴史と共に乞食の形が変化しているということだな」

「そんな全然大層なことじゃないからね、だーいし」

 だーいしの意見にたまさんが思わずツッコミを入れる。

 ひっちの欲望が全てを呼び寄せただけだ。

「その魅力の基になるキャラクターのモデリングどうするの? ここが肝だと思うんだけど」

「たまさん何とかして!」

「絶対ヤダ、ってか出来ないし」

 更にひっちはたまさんにワガママを言ってきた。

 これはたまさんがキッパリと断った。


「どうにかしてよ」

「外注するならうん十万は必要だよ」

「何だよ! カネカネカネカネってさー」

「ひっちだってお金借りようとするときそうじゃん」

 なおもすがりつこうとするひっちにたまさんが正論をぶつける。

 夢物語だけではだめだ、時には現実にも目を向けなければならないのだ。

「ぽっぽっぽー はとぽっぽー 毎月こづかい 一千万」

「それ以上はだめだひっち!」

 ひっちが急にとんでもないことを口にしたので、だーいしがいの一番に焦り始めた。 


「やっぱお金なのか……」

「こういう時はだいたいそうでしょ」

「現金は万病に効くって言うしね」

「ひっち、それどこ情報?」

「おばあちゃんの知恵袋!」

 ひっちが元気いっぱいに情報源を発した。

「何か新しいのが出たぞ」

「ひっちの情報源が謎過ぎる」

 これにはかずやんとだーいしも不思議そうな反応を示した。

 一体ひっちは何を情報源にして生きているのだと。



 結局まともに話が進まないまま、ひっちの野望は潰えてしまった。

「何て言うか、変な話して終わっちまったなー」

「いつものことと言えばいつものことなのだがな……」

 かずやんとだーいしが何とも言えない表情を浮かべている。

 そんな中、たまさんだけが何故か上機嫌な様子を見せる。

 何かあったのだろうか。


「ぷんぷんちゃ、ぷんぷんちゃ、ぷんぷんちゃ、ぷんぷんちゃ」

「たまさんどうかしたのか?」

「何でもないよー」

 だーいしに声をかけられてふと我に返ったたまさんが、慌ててかずやんとだーいしの後を追いかける。

「やっぱ兎野うさのぽこらちゃんなんだよなー」

 どうやらたまさんには別の推しがいるらしい。

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