第1回リア充裁判

 ひっちは一人で学校から帰っていた。

 ひっち過激団唯一の帰宅部であるから仕方がない部分もあるが。

「たまにはこうやってぶらぶらするのもいい」

 そんなことを言いながら、女性とすれ違うたびに胸元をガン見していた。

「うーむ、ナイスおっぱい」

 やはりひっちはおっぱいに目が行ってしまうようだ。


 ひっちがふらふらと辺りを歩いている、そんな時だった。

「ゲーセンかぁ」

 ひっちの目にはゲーセンが映っていた。

「やっぱピチピチギャルが多いのう、うひょひょひょ」

 エロ親父みたいな独り言を言いながら、ひっちがゲーセンを覗いていた。

「やっぱいるよなー、自分の得意なゲームでイキってる奴」

 ひっちが視線の先を変えたその時だった。

「あ、あれはかずやん!」

 ひっちに衝撃走る。


 格ゲーをしているかずやんの周りには学校のリア充どもが一緒にいるではないか。

 中にはカワイ子ちゃんの姿もある。

 ひっちは体中が震え始めた。

 かずやんは抜け駆けしているのだ、許せるはずがない。

「お、おのれかずやん! しかも随分と楽しそうではないか……」

 嫉妬と共に裏切られたような感情がひっちの全身を駆け巡る。

 ガラスの向こう側ではかずやんがみんなと楽しそうに格ゲーをしている。

 ひっちにはそれが無性に許せなかった。


「ひっち、どうしたのだ?」

「だーいし、たまさん! びっくりさせないでくれ」

 ひっちが振り返るとだーいしとたまさんがそばにいた。

「あまり大声出させないでくれ! 気づかれるだろ」

「気づかれるって?」

 たまさんが不思議そうな顔をしてひっちに質問した。

 たまさんはかずやんの存在にまだ気づいていない。


「だーいし、たまさん。ゲーセンの方を見てくれ」

「あれは、かずやん!」

「一緒にいるのって学校のリア充グループだよね。噂だとカップル同士でデートに行ってたりしてるらしいよ」

 ゲーセンで楽しそうにしているかずやんを見て、だーいしとたまさんがそれぞれの反応を示す。

「たまさん、それは本当か!」

「噂でしか知らないけどね。ただ、あそこのメンバーは放課後校門でよく待ち合わせしてるのを見るよ」

「けしからん! 不純だ! けしからん!」

「ひっち、静かにしないとかずやんにばれちゃうよ」


 たまさんがもたらした情報にひっちがキレ散らかしている。

 ひっちの怒りは収まりそうもない。

 隣でたまさんがかずやんの証拠写真をさり気なく撮っていた。

 その所作には全くの無駄がない。

「だーいし、たまさん! かずやんの裁判をやるぞ!」

「「おー!」」

「これはひっち過激団の危機! 何としても脱出しなくては!」

 そしてついに、かずやん断罪の準備が始まった。

 ひっち過激団はどうなってしまうのか。

 その先は時が来るまで誰も知らない。



「ひっちの奴、急に呼び出しって何なんだよ!」

「だよねー」

「今度は何を企んでいるのだ」

 今回のターゲット、かずやんが事態を知らずにのこのことやって来た。

 たまさんとだーいしが本心を隠しながら上手くかずやんを誘導している。

 たまさんとだーいしは内心しめしめと思っているのだが、表情には出さずいつもの感じで通している。

 そう、これから始まる裁判のために。


「またしょうもないことを思いついたんだろうな……」

「まあひっちだし……」

「会えば分かるというものだろう……」

 かずやん、だーいし、たまさんがひっちの家へとついたその時だった。

「フフフフフ、ハハハハハ! 会いたかったぞ、かずやん」

「ひ、ひっち! その格好は何だよ!」

 ひっちは何故かメガネに口ひげをつけた出で立ちをしている。

「まあまあ、こっちにどうぞ」

 ひっちに案内され、三人が部屋へと向かった。


 セッティングされた座席には裁判長、検事、被告のネームプレートが準備されている。

「おい、これって?」

きたる裁判員制度の練習みたいなものだ、気にするなかずやん」

「あからさまな嘘やめーや!」

 だーいしの発言にたまらずかずやんがツッコミを入れる。

「かずやん、神様は正直者に微笑むんだよ」

「たまさんも意味深なことを言ってるよ」

 たまさんが何とも言えない薄笑いを浮かべていた。

 それを見たかずやんは明らかに嫌な予感がした。


「さあかずやん、君の席はここだ!」

 ひっちが被告の席を指さす。

 そしてその後にひっちが裁判長の席に腰かけた。

「かずやん大丈夫だよ、座ってごらん」

 たまさんがやや魂の抜けたような感覚で声をだしている。

 ちょっとばかし恐怖を感じてしまうかずやん。

「ひっちが裁判長って、問題しかないわ!」

 堪えきれずにかずやんが声をあげ、被告の席に座った。

 続くだーいしとたまさんが検事の席に座る。


「静粛に、静粛に! 皆様、揃いましたな。まずはかずやん!」

 弁護する人間の全くいない裁判が今ここに始まる。

「さてはお前、リア充だなああああっ!」

 裁判長が被告を指さし、凄まじい勢いで言い放った。

 裁判とは名ばかりの吊るし上げのようだ。

「どういうことだよ、そりゃ!」

 被告は何を言われているのかよく分かっていないようだ。

「裁判長、被告は白々しい態度を取っておりますな」

「うむ。検事側説明を頼む」

 検事だーいしが裁判長をさり気なく誘導している。

 裁判長は検事たまさんに状況の説明を求めた。

 もはや裁判長と検事はグルである。


「こちらをご覧ください。被告がゲームセンターでリア充集団と格ゲーに興じている様子を収めたものです」

 検事たまさんが隠し撮りした被告の写真を提示した。

 被告がリア充連中と楽しそうに格ゲーをしているのが分かる。

「何であんなんがあるんだよ!」

 被告が思わず声を上げてしまう。

 無理もない、検事たまさんが密かに撮影していたものなのだから。

「被告は我々に抜け駆けしてリア充集団と一緒に格ゲーを楽しみ、不純異性交遊に興じていた。これはリア充どものおこぼれに預かろうという被告の卑怯臭い考えに基づいたものである!」

「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」

 裁判長の力強い発言に被告は押されてしまっている。

 隣で検事だーいしと検事たまさんが奇声に近い声を上げて有罪を主張している。

 言われている被告からしたらたまったものではない。


「しかも自分の得意分野に引き込んで自分を大きく見せようとしている狡猾さ、楽しみを独占して分かち合えない自己中心的なスタンドプレイ。いずれにしても許容出来るものではない!」

「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」

 裁判長がそれらしいことを口にして被告を裁こうとしているが、ただ僻んでいるだけなのは誰の目から見ても明らかだ。

 検事だーいしと検事たまさんも裁判長に便乗しているだけである。

 そして、妬ましいという気持ちは裁判長と変わらないのだろう。

「異議あり!」

 被告も黙って聞いてばかりはいられなかったのか、反論を始める。

「俺は演技力に長けているんだぜ、知ってたか?」

「知らないです」

 被告の反論を検事たまさんが軽く流してしまう。

 全く意に介していないのだろう。


「被告、何が言いたいのだ!」

「その写真、俺が演技をしていると言ったらどうする?」

「楽しんでいるフリだとでも言うのか?」

 それに対して検事だーいしが被告を問いただすが、逆にチャンスと言わんばかりに被告が切り込んでいく。

「ああそうさ、元々そんなに絡みのない奴らと簡単に意気投合って出来るかって話だぜ」

「そうかもしれん、だが……」

「いや、この場を楽しむ方法はありますよ」

 被告の返しに言葉を詰まらせていた検事だーいしだが、そこに検事たまさんが横槍を入れてきた。

「この写真で行われている格ゲーは彼の得意な作品になります。それ故、ゲーム自身が与えてくれる高揚感と同時に観客を沸かせることで得られる承認欲求で心からこの表情を浮かべることは十分に考えられる話です」

 理路整然とした検事たまさんの分析が続く。

「更に見て下さい、こちらの女子高生の表情を。好みの問題があるとはいえ、可愛い女子高生にこのようなハイテンションな表情を浮かべさせることが出来るわけですから。格ゲーに打ち込むだけでここまでの成果があるのなら自分に酔いしれるだけで自然と笑みがこぼれるというものです。してやったりとね!」

 検事たまさんが被告を更に追撃している。

 その勢いは凄まじく、被告は言葉をしばし失ってしまう。


「くそっ、考えるんだ。この状況を打破する方法を……」

 被告が誰にも聞こえないような小声で呟いていた。

「もう有罪判決でいいのでは?」

「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」

 裁判長が何の気なしに被告かずやんに言葉をかけた。

 検事だーいしと検事たまさんが完全に同調している。

 被告の有罪判決の時を待ち望んでいた。


「待った!」

 被告が有罪判決ムードを阻止すべく動き出す。

「俺があいつらと絡むようになってからどれくらい経っているか知ってるのか?」

「知らない」

 裁判長があっけらかんとした態度で被告の質問に答える。

「あれが初回だぞ」

 衝撃の事実を被告が投下する。

 裁判長と検事二人が驚愕の表情を見せる。

「そそそそそんなことで刑が軽くなるとでも思っているのかね」

「あれだけで全てを決定するのはどうかと思うんだよなぁ」

 うろたえる検事だーいしを被告が更に追い立てる。

 形勢逆転と言っても過言ではない。


「そこまで言うんなら、判決に猶予を与えてみる?」

「裁判長、しかし」

「判決は後日に延期! 被告の状況を観察経過により判断するものとする!」

 被告は首の皮一枚つながった状態でその場をやり過ごすことが出来た。

(この後どうなるかだな、マジでどうなるんだろ)

 被告の頬を汗がしたたり落ちる。

 未来のことは神のみぞ知る話だろう。



 後日、だーいしとたまさんが二人で歩いている時だった。

「あれ、かずやんどうしたの?」

「聞きたいか? たまさん」

 かずやんがテンションの低い姿でやって来た。

 たまさんとだーいしが恐る恐る事情を聞いてみることにした。

「話せることだったら話してよ」

「差し支えなければで構わんさ」

「俺、お役御免になっちまった。あの後……」

 かずやんが肩を落とし、しょげながら話をしている。

 話から察するに、リア充集団との付き合いはなくなってしまったのだろう。


「あの後俺の持ちキャラに下方修正が入りやがった! 何か、色んな意味でつれえ。ゲームじゃ勝率が下がっちまったし……」

「それだけではないはずだろ?」

 だーいしが意図的なのか、ちょっと意地悪な返しをしていた。

「それ以上は言うな!」

「分かってるよ、かずやん。僕らもそこまで意地悪じゃないから」

 そんな時だった。

 間の悪い奴というのはいるものだ。

 ひっちだ。


「あれ、かずやんじゃん。どうしたのさ? リア充集団と一緒じゃないの?」

「おお、ひっちか」

 ひっちが合流するも、かずやんは相変わらずテンションが低いままだ。

「俺はお役御免というわけさ」

「いいじゃないか、あんな奴ら。そのレベルの仲だったってことだろ。そういやあ、クリスたそから連絡が入ったからまた集合よろしくな!」

 そしてひっちから唐突な業務連絡が入ってきた。

「あいよー」

「承知した」

 たまさんとだーいしが返事を返す中、かずやんは一人話が耳に入ってこないでいた。

(俺の、リア充への道筋が……)

「こんちくしょーっ!」

 かずやんの慟哭が空しく天を衝く。

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