マネーの虎鯊1

「んでさー、お願いがあるんだけど」

 ひっちがかずやんとだーいしに唐突なお願い事を始めた。

 何となくだが、嫌な予感がする二人。

 出来ればたまさんにトイレから帰ってきて欲しいと願うばかりだ。


「どうしたんだ、ひっち?」

「お金貸してちょーだい」

 だーいしの質問に対し、ひっちは間髪入れずにお金をせがんできた。

 全くもって遠慮する様子が見られない。

 貸してくれて当たり前とでも思っているのだろうか。


「うわー、出た」

「うわーとは何だよ、親友からの大事なお願いだろ」

 かずやんがあからさまに嫌そうな顔をする。

 何故なら、ひっちの金グセの悪さを存分に知っているからだ。

 借りたお金は中々返さない、それどころか返済を踏み倒そうとすることもあるくらいだ。


「親友だと思ってくれるならその金グセどうにかしてくれよ」

「将来ひっちが自己破産するのではと心配だ……」

 かずやんとだーいしが正直な気持ちを口にしている。

「やだ、欲しい同人誌があるんだから」

 はっきり言ってひっちは物欲がかなり強い。

 欲しいものがあればすぐに手に入れようとする。

 ひっちの金グセの悪さはここに起因している。


「ネット販売の限定品なんだ。あれは何としてもゲットしなければ!」

 ひっちは一人欲しい物のために思いを馳せ、そして息巻いている。

「お待たせー。あれ、なんかあったの?」

「たまさん、帰って来たか。ちょっと耳貸してくれ」

「うん」

 トイレから帰ってきたばかりのたまさんをかずやんが部屋の端まで連れて行った。


 ひっちとだーいしは置いてけぼりにされている。

 だーいしがとても気まずそうな表情を浮かべていた。

「実はかくかくしかじかで」

「雰囲気で何となく察してたけど、またなの?」

「ああ、そういうことだ。だからちょっとセッティングしてくれないか?」

「仕方ないなあ、そういうことなら」

 かずやんとたまさんの密約は成立したようだ。



 奇麗に片付いた部屋にはひっちがぽつりと椅子に座っていた。

 そしてその対面に長机をはさみ、かずやんとだーいしが座っている。

 その長机には『マネーの虎鯊とらはぜ』と書いたポップがテープで貼り付けてあった。


「それではあなたの希望金額とその使い道を教えて下さい」

 たまさんが真顔で司会進行を務める。

 そのせいかは不明だが、いつものようなちょっとおちゃらけた雰囲気が感じられない。


「ネット限定販売の同人誌を購入するために、一万円を希望します」

 志願者がそれに合わせて粛々と希望金額と目的を告げる。

 対面では険しい顔つきで虎鯊かずやんと虎鯊だーいしが志願者を見つめていた。

 虎鯊たちの目に、志願者はどのように映るのか。


「まず限定販売ということなんだけど、どういった感じで限定なの?」

 虎鯊かずやんが口火を切った。

「ネット限定販売です」

「いやそれは分かるんだけど、どのような形態での販売かっていうのがあるでしょ? 紙媒体なのか電子書籍なのかとかさ」

 虎鯊かずやんが話の深掘りに入っていった。


「紙の書籍で限定販売には作者書き下ろしのイラストが付いてきます」

「それは本編よりも、むしろ書き下ろしイラストが目当てということでよろしいですか?」

 虎鯊だーいしが丁寧な口調で質問をする。

「はい」

「もしそうならば、その書き下ろしイラストだけを購入する方が安く買えるのでは? ネット販売ならそのような措置も十分に考えられるかと。同じ入手するにしても、なぜ安く手に入れる方法を考えないのか? それが知りたいですね」

 虎鯊だーいしが冷静に志願者を問い詰めていく。


「欲しいという欲望が押さえきれないからです」

「入手手段についてもう少し吟味した方がよろしいのでは?」

 情けないくらいに物欲に負けてしまっている志願者。

 虎鯊だーいしが呆れて大きなため息をつく。


「書き下ろしイラストって言っても表紙絵だったりするケースもざらなんだよね。はっきり言って本編があれば事が足りる。ぶっちゃけその同人誌って本編だけなら千円くらいなわけ。千円で思い出したんだけどさ、そういえばあなた私がこの前に貸した飯代の千円まだ返してないですよね?」

 ここぞと言わんばかりに志願者が返済しないお金について、虎鯊かずやんが言及する。

「あれはそのままおごってもらえると思ってました」

「おどりゃあ、高校生の千円を何だと思ってんだよ!」

 志願者のあまりにも図々しい態度に虎鯊かずやんが激昂する、無理もない話だ。


 ここで、別の虎鯊が新たなる路線で話を広げていく。

「そういえば、今回はあなたの私物を売って金を作るというのはされないんですか?」

 今度はたまさんが虎鯊として質問を投げかける。

 司会者と兼任しているようだ。

 席を立ったり座ったり、その様子は目まぐるしい。


「売るものがもうありません」

「ふざけんじゃねえよ、この本棚びっしりの同人誌売りゃあいいじゃねえか!」

 再び激昂する虎鯊かずやん、無理もない話だ。

 志願者がナチュラルに虎鯊たちを煽っている。


「それに、もしもお金もらったとしてちゃんとお金返せるの? 流石にいつまでも待てないし、もし期限内に返せなかったらどうしてくれるの?」

「はい?」

「誠意見せられるかって話ね」

「そのときはズボンとパンツ脱いで、チンポ見せます」

 虎鯊かずやんの質問に答えにならないような回答をする志願者。

 全く意味が分からない。

「大西さん論破されてますよ」

「へえっ、論破? いや、俺論破されてないっすよ。何か返事するのも馬鹿らしいなぁって思って……」

 虎鯊だーいしが虎鯊かずやんに横槍を入れてくる。

 これも全く意味が分からない。


「少なくとも、志願者が一万円に賭けている思いだけは本物のようですね」

 虎鯊だーいしがこれまた冷静に志願者の心境を分析する。

 ただの物欲なのだが。

「あの顔見て下さい。彼がかつて人生の中でここまで真剣な顔をしたことがありますか?」

「確かにそうですね」

 虎鯊だーいしの問いに虎鯊たまさんが納得してしまう。


 確かに志願者の眼差しは真剣そのものだ。

 ただの物欲なのだが。

 ここで志願者がマネー成立のために仕掛けるべく動き出す。

「では、お出しいただけるのですか?」

「全然お出ししません、ノーマネーです」

 虎鯊たまさんがきっぱりと志願者に答える。

 ただのお願いが通用するはずもない。


「他の皆様はいかがでしょうか?」

 虎鯊から再び司会者に戻り、たまさんが進行を進めていく。

「欲しいものを手に入れたいという熱意は買いますが、よりコストが安い方法、自分が得をする方法というのをお考えになったほうがよろしいかと。ノーマネーです」

 虎鯊だーいしが淡々と志願者に伝える。


「そもそもなんだけどね、借りたお金をまともに返せない人間がまたこうやってお金貸してって完全に我々を愚弄してますわ。そこんとこもっと胸に手を当てて考えて欲しいね。ノーマネーで」

 虎鯊かずやんが志願者に正論でかつ厳しい意見を突きつけた。


「この時点で、出資額があなたの希望金額に届かなかったので、ノーマネーでフィニッシュです。何か言い残したことがあれば、一言でもどうぞ」

 司会者たまさんが志願者に言葉を促す。

「もういいです。親戚にお小遣いせびってきます」

 志願者が捨て台詞と共に下種な思いを吐露した。

 控えめに言ってもかなりゲスい発言だ。


「そのな、顔と態度がめっちゃ腹立つ! 開き直ってるじゃないですか!」

「「それは良くないですねー」」

「「「謙虚になれよ!」」」

 会場にいた三人が怒りの一言を志願者にぶつける、無理もない話だ。

 こうして、『マネーの虎鯊』は幕を閉じた。

 次回があるかは誰も知らない。

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