マフィアの世界

「クリスたそ、いくら何でもひどいよな」

「それは大佐がいやしんぼしたからだよ」

 たまさんがひっちを淡々と諭す。

 チートがホイホイ手に入るほど世の中は甘くはない。

「ダメだった?」

「ダメだよ」

「被災者の炊き出しのカレーを勝手に食べるのとどっちがダメ?」

「どっちもダメ! それに比較対象が何でそれなのさ!」

 ひっちの唐突過ぎる質問に驚きながらもたまさんがツッコミをかます。


「あーあ、スマホ見てみるか。ってあれ?」

「スマホがない」

 かずやんとたまさんがポケットをまさぐるがスマホが出てこない。

「すみません、ディメンションワールドは基本セイントウエポン以外持ち込めませんので……」

「おお、クリスたそ。そうだったのか」

 クリスの重要な注意事項を聞くも、ひっちはとても呑気だ。

「呑気が過ぎるぞひっち」

 これにはだーいしも呆れ顔だ。


「それにしても、何だここは? 見慣れない街並みだな」

「日本でないどこかなのだろう」

 かずやんとだーいしも不思議そうに景色を眺めていた。

「都会だってのは分かるんだけどな」

「何かニューヨークとかにありそうな景色だね」

 かずやんとたまさんがビルに近づきながら話をしていた。

 辺りはビル街で、多くのビルが立ち並んでいるもののほとんど人気を感じない。

「なあ、こういう街ってもっと人通りが多いんじゃねえの?」

「確かにそうだな……。都市部なら尚更」

 かずやんとだーいしが不思議そうな顔をして散策を続けていた。


 そんな中ひっちだけは嬉しそうに辺りを見渡している。

「こういうとこなら普通はカワイ子ちゃんがいるはずだよな~」

「何を悠長に」

 ひっちが余りにも緊張感に欠けているので、たまさんが呆れている。

 むしろこの緊張感の無さが羨ましいくらいだ。

 結局何も分からないまま歩き続けるしかない。


 どうしたものかとひっち過激団は途方に暮れていた。

 そんな時だった。

 後ろの方から足音が聞こえてきた。

「お前らだな」

「「「「う、うわあああっ!」」」」

 突如として目の前にサングラスをかけた長身ガチムチのスキンヘッドが現れた。

 立派な口ひげと黒ずくめのスーツ姿はマフィアを想起させる。

 その風貌に恐れおののくひっち過激団。

 

 誰もが恐怖に身を震わせている。

「ちょっと事務所に行こうか」

「「「「すみません、すみません、すみません!」」」」

 いきなりやばいことになった。

 ひっち過激団の誰もがそんなことを考え、絶望感に浸っていた。



 マフィア風の男に連れられて、ひっち過激団は事務所へと入っていった。

 小さな三階建てのオフィスビルだ。

 それ故、マフィア風の男のデカさが引き立ち、より威圧感を感じさせた。

 連れられた部屋の中はシンプルな事務用の机や椅子が置いてあるだけだった。


 静かなオフィスで独特な緊張感に包まれたそんな時、マフィア風の男が口火を切った。

「やあ、俺の名はヘスス。ヘスにゃんって呼んでくれ!」

「……やだよ」

 かずやんが思わず本音を漏らしてしまった。

 それを聞いたヘススがサングラス越しに目を細めてひっち過激団を見つめる。

「ヘ、ヘスにゃん」

「ひっち、慎め」

 思わずヘススをヘスにゃんと呼んでしまったひっちを思わずだーいしが制止する。


「兄弟よ、いま俺をヘスにゃんって呼ばなかったか? ……よし、合格!」

 ヘススが今までにないような笑顔でひっち過激団を迎える。

「ヘスにゃ~ん」

「ペロペロ~」

 緊張が解けたひっちがヘススを『ヘスにゃん』呼びし、その場の雰囲気が柔らかくなっていく。

 ひっちとヘススはどことなく息が合うらしい。

「さあ、みんなもヘスにゃんを呼ぼう!」

「もういいだろ! こっちは情報過多でどうかしそうなんだよ!」

 かずやんが魂の叫びをひっちに対してあげている。

 そうこうしているうちに足音がオフィスへ近づいてくる。


「ただいま、買い出し終わったわよ」

「おかえりジョーン、帰って来たか!」

「おお、なんというハイレベルボイン! わーい」

 目の前の女性はひっち好みのボンキュッボンな美女。

 ひっちは問答無用でジョーンのおっぱいに飛びつこうとした。

「あぶばっ」

 そして当然のごとく、ひっちはハリセンで返り討ちにあってしまった。


「なぜここにもハリセンが……」

「何なのこの子たち?」

「紹介しよう。メインボーカル&ギター、ひっち!」

「いえーい、おっぱいサイコー!」

 ヘススの紹介が始まり、ひっちがすぐに起き上がってついついノリに乗ってしまう。

「ベース、かずやん!」

「よろしくな」

 かずやんがジョーンに対してそれっぽいポーズを取る。

「ドラム、だーいし!」

「よろしくお願い致します」

 だーいしはジョーンに深々とお辞儀をした

「キーボード、たまさん!」

「てへっ。が、頑張ります。ってヘススさん何で僕らのこと知ってるんですか?」

 たまさんが照れながら反応して、すかさずノリツッコミを入れる。


「ああ、みんなの基本情報はクリスちゃんに教えてもらったから」

 ヘススはあっけらかんとした感じで答えた。

「やるなクリスたそ」

 クリスの抜け目のなさを感じられずにはいられない。

「ううむ、この世界で我々にプライバシーというものはないのだろうか……」

「フリー素材みたいな扱いはちょっと嫌だね」

 だーいしとたまさんがこそこそと話をしていた。


「自己紹介遅くなったわね、私はジョーン。ヘススのアシスタントをしているわ」

 ウェーブがかった金髪ロングの髪、パリッとしたスーツの着こなし、そしてスタイル。

 どれをとってもゴージャス過ぎて、ヘススのオフィスにはあまり馴染んでいないように感じられた。

「つかぬ事をお伺いしますが、何でジョーンさんみたいな方がこんなところにいらっしゃるんですか?」

「理由は借金ね、親父のだけど」

 たまさんの質問にジョーンが衝撃の回答をした。


 ひっち過激団はみんな口を開き、驚きを隠せない。

「借金をカタにして……、やっぱマジモンじゃねえか!」

 かずやんが怒涛のツッコミをヘススにかます。

「そんなお金の使い方するなんて、ジョーンのお父さんは全くなってないな!」

「ひっちは絶対人のこと言えないと思うんだけど」

「おれは欲しいものがあれば私物を売るか、お金借りるかでお金をきちんと工面するぞ!」

「しょうもない買い物のためにお金を借りるって時点でだいぶ破綻してるじゃん!」

 ひっちは自身の物欲に勝てないせいか、お金の使い方がかなり荒い。

 付き合いの長いたまさんには分かってしまうのだ。


「ひっちの話はともかく、ヘススのやり方は正直どうなんだ?」

 だーいしが素朴な疑問をヘススに投げかける。

「大げさだぜ。ジョーンの親父さんがギャンブル中毒でな。うちにお金を借りているわけ。その返済のためにジョーンにはうちで働いてもらってるのさ。彼女をタダ働きなんてことはしてないし、そんな怖い話じゃないだろ」

「十分怖い話なんですけど……。それはそうと、ヘススさんのご依頼って何ですか? 難しいお話だったりするんですか?」

 たまさんが核心に迫る質問をした。


 何を隠そう、ひっち過激団はミッションをこなしに来たのだから。

「そこまで心配しなくても大丈夫。なーに簡単だよ、最近近くに出来たマフィアのアジトを落としてくれればいいから」

「全然簡単じゃない件」

「この世界もしかして我々と言葉の解釈が違うのでは?」

 ヘススの楽観的過ぎる考え方に、かずやんとだーいしも流石に呆れてしまっていた。


「マフィアってことは銃撃戦とかあるんですか?」

「当然そうだろうな」

「ひぃあああああああ!」

 ヘススのあっけらかんとした回答にたまさんが発狂する。

 普通の高校生なのだから無理もない話なのだが。

「ヘスス、本当にこの子たちで大丈夫なわけ?」

 ジョーンがド正論をヘススに突きつける。

「大丈夫だって。準備はきちんとしてるんだからさ。そうだ、今度は地下に案内するよ」


「ヘスにゃん素晴らしい!」

 ヘススが楽観的な意見を口にしているが、ひっち過激団の不安が解消されることはなかった。

 ただひっちを除いて。

「みんな、こっちよ」

 ジョーンが手招きをしている。

 ひっち過激団はそのままついて行く。

「なんかたまらんなぁ」

 ジョーンの所作に色っぽさを感じたのか、ひっちがやたら興奮しているのが印象的だった。

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