いつもグイグイくる幼馴染が急に素っ気なくなったのでモヤモヤがすごい

ヨルノソラ/朝陽千早

いつもグイグイくる幼馴染が急に素っ気なくなったのでモヤモヤがすごい

 最近、俺──倉知直也くらちなおやには悩み事がある。

 それは物心つく前からずっと一緒にいる幼馴染についてのことだ。


 学校がある日も、休日も、彼女は四六時中、俺にグイグイと近づいてくる。


 周囲から夫婦と揶揄される程度には不自然なほど近い距離感だ。


「ねえ、駅前にできた喫茶店行こーよ。すごく美味しいって評判だしさ、何事も経験だよ、ね? だから今度の日曜一緒に行こ? 休日だとカップル割引とかあるみたいだし」


「だからそういうとこ苦手なんだって、俺はパス」


「むう、お願いだってば! あ、カップル割引は心配しなくても大丈夫だよ。そんな厳重にやってるわけじゃないみたいだし。手とか繋いでそれっぽくすれば平気だと思うし、そんなに心配ならカップルぽい写真をいくつか撮ってもいいしさ」


「そういう問題じゃない。てか、騙して割引もらうのは気が引ける」


「だったら嘘じゃなくしてもいいけど……?」


「はは、なんだよそれ。俺と千夏が今更恋人になるとか絶対無理だろ」


 道すがら、俺は呆れたように笑い、隣を歩く彼女を一瞥した。


 艶のある亜麻色のボブカットで、目と胸が人一倍大きいのが特徴的な女の子。

 俺の幼馴染──沢良木千夏さわらぎちなつ。客観的に見て可愛いとは思うが、家族同然として育ってきた千夏を異性としては見ることができない。妹を恋愛対象にするようなものだ。


「千夏? 急に立ち止まってどうかした?」


「う、ううん。なんでもない!」


 千夏はブルブルと首を横に振ると、小走りで俺の隣に戻ってくる。


「まぁとにかく俺は行く気はないからな。気になるなら適当に誰か誘ってみたら? モテるんだし」


「ナオくんはさ、私が他の男の子と行ってもいいんだ……」


「は?」


「う、ううん、なんでもない! あ、てか私、明日の小テスト、ウルトラギガマックスやばいんだった! じゃあね!」


「ちょ、おい千夏……!」


 千夏は作ったような笑みを浮かべると、風を追い越すようなスピードで走り去っていく。


 確かに明日は国語の小テストがあるが、あの語彙力では先が追いやられるな。


「てか勉強なら一緒にすりゃいいのに」


 俺は夕焼け色の空を一度見上げると、久しぶりに一人きりで下校したのだった。



 ★



 翌朝。

 俺は息も絶え絶えになりながら階段を登り、二年Bクラスの扉を開けた。


「ぜぇ、ぜぇ……」


「もう授業始まってるぞ」


「すみません寝坊しました」


「あまり気を緩めすぎないようにな」


 頭を下げ、そそくさと自席に着く俺。

 右隣には澄ました表情で板書を進める千夏の姿があった。


「千夏。どうして今朝は起こしてくれなかったんだよ」


「今日は一人で登校したい気分だっただけ」


「だからって、モーニングコールくらい」


「私はナオくんのお母さんじゃないよ。というか授業中だよ」


 シッ、と口先に人差し指を立ててみせる千夏。


「怒ってんの?」


「別に」


「いや、なんか不満があるだろ。思ってることあるなら言ってくれなきゃわかんないって」


「…………」


「千夏? おーい?」


「おい、倉知。授業中だぞ。静かにしろ」


 ピシャリと教卓から鋭い声が飛んでくる。


「す、すみません!」


 俺は居住まいを正すと、唇を引き締めた。

 遅刻した上に私語は印象が悪すぎる。千夏の変容が気がかりだが、授業が終わるまでは我慢しよう。



 授業が終わり、教室中に弛緩した空気が流れる。


「千夏。さっきの続きだけど──」


 俺が口火を切ると、千夏は斜向かいにいる女子──市原いちはらさんに話しかけた。


「イッチー、トイレ行こーっ」


「え、うん、いいけど……倉知くんがなにか用あるみたいだよ?」


「いいからいいから、ね?」


「う、うん?」


 俺を無視してトイレに直行する千夏。


 明らかに千夏の様子がおかしい。

 普段なら千夏からガンガン俺に話しかけてくるくらいだ。


 昨日、喫茶店に行く誘いを断ったことが原因とみるのが妥当な線だろう。

 千夏の機嫌を直すためにも、重たい腰を上げた方がよさそうだな。



 ★



 休み時間のたびに千夏は我先にと席を立つため、まともに話す機会をもらえないまま昼休みを迎えた。


「千夏、あのさ──」


「あーお腹すいた。イッチー、食堂行こーっ」


 千夏は俺を無視して立ち上がると、斜向かいにいる市原さんに手を振る。


「あ、うん。でも、倉知くんは……」


「いいからいいから、ほら早く行かないと席埋まっちゃうし」


 市原さんの耳には届いているのだから、千夏に聞こえていないわけがない。


 俺は千夏の華奢な手首を掴むと、少し強引に引き寄せた。


「ちょい、無視すんなって」


「別に、無視してるわけじゃないけど?」


「どうみても避けてるだろ、俺のこと。昨日はなんつーか、ちょっと悪かったよ。千夏がそんなにあの喫茶店が気になってるとは思わなかった。まあどうせ休みは家でゲームしてるだけで暇だし、一緒に行くか?」


「行かない。もう他の子と行くって約束したし」


「え? そうなの?」


「てか、ナオくんが言ったんじゃん。他の人誘えば? とかなんとか」


 千夏は俺の手を振り解くと、ポツリと侘しさを含んだ声でつぶやいた。


「だ、誰と行くんだよ?」


「ナオくんには関係なくない?」


「まぁそうだけどさ、単純に気になるっていうか。ほら、千夏って騙されやすいから変な男に捕まってないか心配なんだよ」


「ふーん、心配してくれるんだ?」


「そりゃ幼馴染だしな」


「幼馴染……そう、そっか。うん、そうだね、ありがと! 幼馴染の倉知くん!」


「は? いやなに怒ってんだよ。てか倉知くん?」


 千夏は語気を強めて言うと、市原さんを連れて食堂へと向かっていった。


 俺は自席に座り直し、ぐしゃぐしゃと頭を乱雑に掻きむしる。


「なんなんだよ千夏のやつ……」


 昨日のことで怒ってるんじゃないのか? 

 長い付き合いだが、千夏の考えていることが微塵も分からない。急に名字で呼んでくるし。


 あーもう、なんだよこれ。すっげーモヤモヤする! 

 てか千夏と一緒に喫茶店行くやつ誰だよ! 


 千夏って意外とガード堅いし、俺以外の男子と話してるイメージがない。

 意外と、俺が知らないところで交友関係を広げていたりするのか? 


 くそ、イライラしてきた……。


「直也? どうしたんだ、そんな貧乏ゆすりして」


「ああ、翔太しょうたか」


 中学からの友人──七峰翔太ななみねしょうた

 クラスは別々だが、昼食はよく一緒に取っている。


「悩み事なら話してみ?」


 翔太は千夏の席に座ると、頬杖をついて耳を傾けてくる。


「悩み事っつーか……千夏がちょっと変なんだよ」


「沢良木さんが変?」


「俺のこと明らかに避けてるし、まともに目も合わせてくれない。千夏の機嫌を損ねることしたんだと思うけど、それがイマイチわかんなくてさ」


「ホントに心当たりないのか?」


「駅前に喫茶店できただろ。オシャレですげー敷居高い感じの」


「あー、出来たな。もしかして、沢良木さんが誘ってくれたのに『俺はパス』とか言って断りでもしたのか?」


「うぐっ……察しがいいな。あ、でもそれが原因だと思って、さっき一緒に行こうって言ったんだ。でも断られてさ……もう他のやつと約束したとか言ってるし」


 翔太は苦く笑うと、肩をすくめた。


「なるほど。まぁ沢良木さんの堪忍袋の尾が切れたんじゃないか? 直也があんまりにも鈍感だから」


「鈍感? なにが?」


「これまで受け身で甘えてきたんだから、これからは攻めて挽回するしかないと思うぞ」


「いや意味わかんねえんだけど、どういうこと?」


 要領の得ないことを言う翔太。

 俺は眉根を寄せて見せるが、翔太はそれらしい回答をくれなかった。




 昼休みが終わると午後の授業はつつがなく行われ、放課後を迎えた

 いつもは「帰ろ、ナオくん」と千夏が誘ってくるが、今日はそれがない。


 帰り支度を黙々と進めている千夏に、俺は恐る恐る声をかける。


「ち、千夏。一緒に帰ろう……ぜ?」


 普段あまり自分から誘うことがないから、ついぎこちなくなってしまう。


「今日は予定あるから無理」


「予定って?」


「倉知くんに言わないとダメ? ……付き合ってるわけでもないのに」


「言う必要はないけどさ、そんな隠さなきゃいけないようなこと?」


「隠さなきゃいけないわけじゃないけど」


「だったら教えてくれてもいいじゃねえの?」


「……ナオくんだって、私が予定とか聞いたらうざがるくせに」


 千夏はポツリと消えそうな声で呟くと、スクールバッグを肩にかけた。

 そのまま立ち去ろうとするので、俺は慌てて千夏の前に立ち塞がる。


「ちょいちょい待てって! いい加減、なにに怒ってるのか教えてくれないか。ちゃんと謝りたいし、直せるところは直したいし」


「別に、倉知くんが直してほしいとこはないよ。悪いのは全部私だし」


「ならどうして俺のこと避けるんだよ」


「それは……な、なんだっていいでしょ」


 千夏はぶっきら棒に誤魔化すと、小走りで俺を横切っていく。


 俺に非がないなら、千夏の様子がいつもと違うことに説明がつかない。

 一層モヤモヤとした気持ちを携えた俺は、深くため息をこぼすと一人で帰途についた。



 ★



 ──ジリリリリリ


 普段、俺は千夏にモーニングコールを掛けてもらっている。

 朝に極端に弱い俺は目覚まし時計だと無意識に止める事故が発生するため、ある時期から千夏が電話をかけてくれるようになった。


「んぁ……」


 だから、目覚ましの金切り音に起こされたのは随分と久しぶりのことだった。


 時刻は六時半。

 眠たい頭に鞭を打ってでも早起きしたのは千夏と一緒に登校するためだ。


 昨日の様子を見る限り、千夏がいつもの集合場所で待っている可能性は低い。

 千夏が通るルートを先回りするのはストーカー臭がして少し気が引けるが、待ち伏せでもしないと千夏と対話する機会を得れそうにないからな。


 俺は無理矢理ベッドから起き上がると朝の支度を始めた。




 住宅街にある小さな公園の前で、塀に背中を預けて佇むこと二十分弱。


 亜麻色の髪を揺らした千夏がヘッドホンを耳にかけながら近づいてきた。

 音楽に集中しているのか俺にはまだ気づいていない。深呼吸をしてから、俺は千夏の前に立ち塞がった。


「おはよ、千夏」


「……っ。お、おはよう倉知くん」


 千夏は戸惑い気味に挨拶を返すと、そのまま俺の横を通り過ぎていく。


「目的地は同じなんだし一緒に行こうぜ」


「…………」


「俺、色々考えたんだけどさ、もしかして彼氏でも出来た? だから俺のこと避けてるのか?」


「……私に彼氏が出来るわけないじゃん」


「そうか? 千夏なら作ろうと思えばすぐに作れそうだけど……」


 千夏はピタリとその場で立ち止まり、下唇を噛み締める。


 うっすらと目尻に涙を溜め込み俺を一瞥すると。


「バカッ。もう放っといてよ!」


「は? おい、千夏……」


 地面を蹴り上げ走り去っていく千夏。

 俺は千夏の表情に戸惑い、すぐに追いかけることが出来なかった。




 教室に着くといつもと変わらない様子の千夏がいた。

 恐る恐る着席し、俺はこめかみを掻きながら視線を送る。


「ち、千夏……さん?」


「なに?」


「あ、いやえーっと……」


「用がないなら話しかけないでくれますか?」


「くれますかってそんな言い方……。俺に気に食わないとこあるなら言ってくれよ。悪いとこは頑張って治すからさ」


「倉知くんに悪いとこはないって前に伝えたと思いますけど。悪いのは全部私です」


「だったらそう言う態度取らなくてよくないか?」


「私が物凄く個人的な理由で倉知くんと一緒にいると辛いので態度を変えただけです。そっとしておいてください」


「なんだよそれ。じゃあ、俺のこと嫌いになったとかそういうことじゃないわけ?」


「まぁ……はい。嫌いになれるならなりたいくらいですけど」


 プイッとあさってを向いて、唇を前に尖らせる千夏。


 他人行儀な物言いといい千夏の考えていることはよくわからない。

 ただ、俺のことが嫌いで避けているわけではなさそうだ。深追いしても確信的なことは教えてくれないだろうし、千夏本人がそっとしておいてほしいと言うなら身を引くのが一番べきなのだろう。すっげーモヤモヤはするけど……。


 俺は釈然としない気持ちを抑えながら、窓の方に目を向ける。


(俺、思ってる以上に千夏と一緒にいたいんだな……)


 窓ガラス越しに映る自分を見ながら、ふと思う。

 いつも千夏が傍にいて何をするにも一緒だったから気が付かなかったが、こうして少し千夏と距離が開くだけで寂しくて仕方がない。


 失ってから気づくとは正にこのことだ。

 一体どうすりゃ前みたいな関係に戻れるんだか……。



 ★



 日曜日。


 千夏とはあれからまともに会話できていないまま、三日が経過した。

 普段の俺なら休みの日は部屋でゲームをしているか、千夏に連れられてどこか出掛けている。


 しかし今日はインドアな俺にしては珍しく、一人で外出をしていた。


「……これストーカー扱いになったりしないよな」


 建物の影に隠れながら、現況を憂いる俺。


 千夏は他のやつと喫茶店に行く約束をしたと言っていた。

 俺から蒔いた種とはいえ、千夏がどこの誰と一緒に行くのか気になりすぎた結果、こうして駅周辺を見張っている始末だった。


 千夏が男子人気あるのは知っていたし、千夏に彼氏ができても「おめでとう」と祝福できる自信があった。でも今は不思議とその自信が消えている。

 それどころか、俺以外のやつと千夏が一緒にいると考えるだけで脳が拒絶反応を示し、モヤモヤとイライラで感情が爆発しそうになってしまう。


「ああもう訳わかんないな俺」


 俺ってこんな独占欲強かったか? それとも俺は千夏のことが──。


 と、自分自身に問いかけていると、私服姿の千夏を見つけた。

 淡いベージュ色のコートに深みのある紺色のロングスカート。裾には柔らかいフリルが施されている。白いニット帽は毛足の長いウールが垂れ下がっていた。


 これまではなんとも思わなかったのに、今はえらく可愛く見える。


 あんな子で一人でいたら男は放っとかないだろうな。


 そう思った矢先、千夏のもとにチャラついた男が近づいていった。


「アイツが千夏と約束したやつか?」


 面識がないが、同年代か少し上くらいだ。

 貧乏ゆすりをしながら苛立ちを高める俺。だが、俺には邪魔をする権利はない。


 ったく、せっかくの休日に何をしてんだかな。


 と、自嘲したのも束の間、俺は咄嗟に地面を蹴り上げ千夏とチャラ男の間に割って入っていった。


「あ、すみません。コイツ俺のツレなんで、勘弁してもらえますか」


「チッ、んだよ彼氏持ちかよ……」


 俺が両手を上げつつ作り笑顔を浮かべると、茶髪の男は露骨に嫌な表情を浮かべて立ち去った。


 最初こそ千夏と約束した相手かと思ったが、千夏の顔を見てすぐにナンパだと察知した。


「あ、ありがと……」


「ん、ああ、まぁこういうのは慣れっこだし」


 千夏がナンパされてる現場に遭うのは日常茶飯事だ。

 こうして彼氏のふりをしてナンパを撃退するのは今回が初めてじゃない。


「どうしてナオ……倉知くんがここにいるの? 休みの日に滅多に家から出ようとしないのに」


「それはなんつーかえっと……き、気になって仕方なかったんだよ」


「気になった?」


「千夏がどんなやつと出かけるのか気になって不安で、それで気づいたらもうずっとこの辺うろうろしててさ、そしたら千夏がナンパに遭ってるのがわかって……って、キモいよなごめん」


 隠し通すことができず、赤裸々に打ち明ける俺。

 ドン引きされてもしょうがない内容だ。さらに千夏との距離が遠ざかっても仕方がない。


 しかし千夏は目をパチクリさせると、戸惑ったように。


「えっとヤキモチってこと……?」


「ああ多分な。もう全部、千夏のせいだからな。急に態度変えたりするからすっげーモヤモヤするし。……そのせいで俺、お前のことが好きなんだって気づいちゃったし」


「え?」


「千夏がどこの誰と出かけようが自由だし、俺のこと避けてもいいけどさ……俺は千夏のことが女の子として好きだから。い、言っとくけど簡単に諦める気はないからな! じゃ、じゃあな! ナンパには気をつけろよ!」


 勢いそのままに告白をして俺は真っ赤に顔を染め上げる。

 羞恥心に促されるがまま踵を返してこの場を立ち去ろうとすると、千夏が手を掴んで引き止めてきた。


「ま、待ってナオくん!」


「いやもう一目散に家に帰ってしばらく布団に包まりたいんですけど」


「ヤダ。だって、私もナオくんのこと好きだから」


「は?」


 想定外の切り返しに素っ頓狂な声を上げる俺。

 千夏は桃色に頬を染めながら、上目遣いで俺を見つめてくる。


「私、ずっとナオくんのこと好きだった。でも、今更恋人にはなれないってナオくんが言われて気持ちの整理がつかなかったの」


「だから素っ気ない態度取ってたのか?」


 コクリと頷いてみせる千夏。


「そ、それなら言ってくれりゃ」


「言えるわけない! それこそ幼馴染ですらいられなくなるし、ああでもして距離置かないと涙が込み上げてきて耐えられなかったの。私だってしたくてしてたわけじゃない!」


 ぷっくらと頬に空気を溜めて不満げに睨みつけてくる。


 しかしその仕草が異様に可愛く見えて、俺はつい頬に熱が溜まってしまう。


「な、なるほど。てか待ち合わせとかはいいのか? どこかで千夏を待ってる男がいるんだろ?」


「男? いや、私が待ち合わせしてるのは──」


 千夏が怪訝そうな表情を浮かべると、とてとてと足音が近づいてくる。


「あ、ちーちゃん……っと、倉知くん?」


「え、千夏が待ち合わせてるのって市原さんなの?」


 俺はまぶたを瞬かせ、唖然と口を開ける。


「うん。そうだけど、ナオくんは誰と勘違いしてたの?」


「誰っつーか、どこぞの男と一緒に行くのかと思ってた」


「なにそれ、行くわけないじゃん。私が好きなのはナオくんだけだし」


「お、おう。あんまそういうこと言うなよ。照れるから」


「えーいいじゃん。ナオくんも私のこと好きならもっとちゃんと言って。ほらほら」


 グイッと俺との距離を詰めると、千夏は満面の笑みで好きを催促してくる。


「えーっと、よくわかんないけどちーちゃんと倉知くんは仲直りしたの?」


「うん。てか、付き合うことになった。えへへ」


「そうなんだ! よかったじゃん、ちーちゃん!」


「ありがと、イッチーッ」


 手を繋ぎ合い、キャピキャピとはしゃぐ女子二人。


 とても口を挟める空気ではないが、俺は言わずにはいられなかった。


「えっと、俺と千夏って付き合うことになったの?」


「むう。さっき、私のこと好きって言ったのは嘘なの?」


「嘘じゃない」


「だったら恋人でいいんじゃないの? 好き同士なんだし。てか、もし拒否したら私一生引きずるから。付き合ってくれなきゃヤだ」


 ちんまりと俺の服の袖を掴んでくる千夏。


 俺は脊髄反射で首を縦に下ろし、さらに身体を火照らせた。


「あーえっとそうだ。あたし、急用思い出した。急だけど帰るね、ほんとごめんね!」


「え、イッチー⁉︎ ちょっと待って……って、行っちゃった」


 気を遣ってくれたのか、市原さんは矢継ぎ早に言い残すと人混みの中に消えていった。


 さすがにこれは心苦しい。

 俺はスマホを取り出し、市原さんにメッセージを送る。


『俺の用件は終わってるので大丈夫です。俺はもう帰るので戻ってきてください』


 すぐに既読がつき、市原さんから返信が来る。


『今日はちーちゃんとイチャイチャしてあげて。しなかったら許さないからね!』


 うさぎが怒ったような顔をしたスタンプも一緒に送られてきた。

 ここは素直に市原さんの優しさに甘えてしまうか。俺は一呼吸を置くと。


「まぁせっかくだし……今から初デートってことにするか?」


 千夏はただでさえ大きい目を見開くと、コクリと頷いて見せた。


 俺はそれとなく千夏の左手を握る。


「恋人ならこう、でしょ?」


「そ、そういうもんか」


 指と指を絡めながら、千夏は俺との距離をさらに詰めてくる。


 千夏はにへらっと笑うと俺の肩に頭を預けてきた。


「じゃ、早速カップル割引してもらいに行こっか?」


「いやああいういかにも陽キャ専用みたいな店に行くのはどうにも性に合わな……」


「だめ?」


「よし、行こう」


 甘えた声でおねだりされ、俺は即決する。

 どうしようか、千夏のお願いならなんでも聞いてしまいそうだ。


 モヤモヤは消えたけれど、この胸のドキドキはしばらく収まりそうにないな。



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