第7話

啓は無事地上へと生還し、近くの喫茶店で静かに珈琲を嗜んでいた。


しかしその内心は複雑なものだった。


人殺しは初めてだった。

生々しく人を斬る感触は、モンスターを倒すのと変わらない感触だった。

だが、一つ違うのは相手はモンスターではなく人だったという事。


それすなわち、殺人。


クエストの為とは言え、生き残るには仕方ない行為だった。

相手は殺人を生業とする輩だ。


躊躇さえすれば、あの場で死んでいたのは自分自身だっただろう。

故に心を無にしてでも殺すしかなった。


だが不安要素はある。


規定はあれど法が通用しない無法地帯。

だからといっても、ダンジョンでの一定のモラルやルール・マナーがある。

もしかしたら悪い噂が経っても仕方のないことなのかもしれない。


正当防衛といえど、人を殺してしまったことで人の道を外れているのではないかと密かに不安を感じていた。

何よりも、殺したことによる恐怖やトラウマを感じられない自分がいることに不安要素が集った。


「でもこれはきっと、精神力のステータスが上がったせいでもあるんだろうな」


ステータスの影響で自分の中で変わりつつある。


勿論、変わりつつあるのは内面だけでなく、外見も変わってきている。

最初の頃よりは筋肉もつき、力も増している。


もしこのまま強くなっていき、また同じ状況が続けば自分の中で何かが欠けてしまうんじゃないか、と思う。


人の道に外れないように気を付けようと心構えをし、珈琲を一杯啜る。


「そうだ、報酬の確認をしていかないとな」


緊急クエストで得た報酬を確認し始める。


一つは能力の活性化だ。

リアルクエストと同じ報酬だが、緊急クエストとリアルクエストで受け取れる能力の活性化の違う点を挙げるとしたら能力値の上昇の幅が違うことだ。


リアルクエストよりも多く能力値が上がり、強さに磨きをかけられる。

飽く迄リアルクエストはサポートクエストみないな物だな、と認識を変える。


そして二つ目はランダムアイテムの支給。

キューブ型のボックスを開けると、中から物が姿を現す。


「これは...?」


右目の制御をある程度心得た啓は、右目の力を使い情報を得る。


「す、スキル書!?」


思わず声を大きくして立ち上がり驚くと、周りの客からの注目を浴びた。

啓は静かに椅子へ座り、手に持つスキル書をまじまじと見た。


「スキル書一つでも売れば数億円が手に入る代物だぞ!?」


数億円にも及ぶスキル書。

その書物を読むだけで、スキルを扱えるようになり、物によってはユニークスキルを覚えることも可能だ。


通常、スキルというのは覚醒した時に適性がある者だけが扱うことができる。

対比して、スキル書は違う。


スキル書を使えば適性がなくとも、使えるようになる代物。


この時点で価値がどれだけのモノかがわかる。


魔法書を売ればきっと将来安泰な生活が待っているだろう。


だが、啓はもう一つの選択肢を見い出した。


「...でも、これを使えば俺は今よりも臨機応変に戦うことができ、更に強くなることができる」


自分の強化を選ぶか安定した未来を選ぶか。

非常に悩ましい選択。


将来を見据えてみると、自分で使うのは強ち間違っていない選択肢だと自負する。


「きっと俺はスキル書を使えば、今よりも早く上級冒険者になることだって夢じゃないだろう。そしたら金なんていくらでも手に入る」


今自分に起きていることが特別な事だと理解している。


ユニーククエストの出現と、日常的に訪れるリアルクエスト。


二度とないチャンスが自分に渡っているんだと自覚をしている。


「自惚れかもしれないけど、自分の未来に賭けてみる価値はある」


巡ったチャンスを手放す気はない。

啓は覚悟を決め、スキル書を開く。


その手に迷いはない。


一ページ目をめくった瞬間、魔法書の文字が脳内へ直接インプットされる感覚を覚えた。


「グッ!?」


その量は絶大で、脳がパンクしてしまう程に途轍もない情報量が脳に送られる。

酷い頭痛は座っているのも辛く、必死に痛みに耐える。


スキル書は高速にパラパラとめくられていき、スキル書の情報が脳内へインプットされていく。


痛感は徐々に退いていき、気づけば先程の出来事が嘘だったかののように楽になった。


スキル書をパタンと閉じると、気づけば手に持っていたスキル書は音もなく消えた。


一体何が起きたんだ、とは野暮なことは言わない。

何故なら先程まで知らなかった知識があたかも知っていたかのように、脳に鮮明に刻まれていたからだ。


「これがスキル書の力か。数億円の価値にも頷ける」


命の危険を感じたが、その分絶大な効果を得たのは確かだ。


啓はステータスを自分のステータスを表示させると、以前にはなかったものが追加せていることを確認する。


「まさか二つも手に入るとはな。攻撃スキルが一つもないのは残念だが」


MPは100から200へと数値を上げ、スキルがステータスの項目に追加されていた。

スキル項目には【偽装】と【カラス召喚】の二つが新しく追記されている。


「でも使いどころによっては使えるスキルなのかもな。まあ、初めてスキルを覚えたんだ。結果はどうであれ、良しとしよう」


願っていた攻撃系スキルは覚えられなかったものの、結果的に満足な啓。


啓は珈琲を飲み終えると、最期の本題に入る。


「残る報酬があと一つ。それがこれか...」


最後の報酬を受け取ると、手元に何かが握りられていた。

確認すると、それは銅のカギだった。


カギの名称は・・・




「隠しダンジョンのカギ...」




隠しダンジョン。


そこは未曽有の地。


情報が一切ない隠しダンジョンは、今までよりも過酷な戦いになるだろうと、グッとこぶしを握り締めた。


カギの使い方は右目が教えてくれる。


「急ぐ必要もないよな」


明日に飲食店のバイトが控えている。


また後日にしようと考えた。


すると丁度、バイト先から電話が鳴る。


店員にお店の外に出ることを伝え、なり続ける電話にでる。


「はい、猪瀬です」


『あ、猪瀬君!ごめんね休みの中電話して。今時間大丈夫?』


「大丈夫です、何かありました?」


声の相手は高瀬弘明たかせひろあき

今年で四十になる啓のバイト先の店長だ。


最近禿げてきていることを気にしているようだ。


『それがね、飯島くんが風邪で休みになっちゃったから明日のシフトの時間を伸びてほしいんだよ。伸びてもらう事できるかな?』


「問題ないです。明日は特に用事もなかったですし」


『ありがとう、本当に助かるよ!そしたら明日はラストまで頼むよ』


「分かりました」


電話を終え、中へと戻り会計を済ます。

啓は店を出るとリアルクエストを確認し、クエストであるランニングに励んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアルクエスト 少年 @shonenNARO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ