第37話 二人だけの秘密
今までずっと閉ざしてきた心の扉。何度も呼びかけたいと思うも、言葉という鍵が見つからない。けれど、この気持ちを伝えることが出来たのならば、想いに応えてくれるのだろうか。――いや、あの時のように微かな温もりを残して、どこかへ消えてしまうのかも知れない。
親しくなれど、いつかは別れというものが訪れる。であるならば、そっと見つめていた方が、傷つくことも悲しみに苛まれる心配もない。そんな中、誰だか分からない者を気遣い駆け寄る姿。親しみを込め優しく呼びかける声。やわらかな光のように全てを包み込む掌。良夜にとっては、どれも心地よい響きと温もりを感じたに違いない。
だからこそ過去の現実を心に受け止め、全てを打ち明けることが出来たのだろう。そう……良夜の両親は、なっちゃんと同じく事故によって家族を失っていたのであった……。
『えっと……ごめんね。なんか変なことを聞いちゃって』
『気にしなくても大丈夫だよ。僕からしてみれば、可哀想って思われる方が嫌だからね』
『ありがとう良夜、そう言ってくれると助かるよ。じつは……僕にも父さんがいなくてね。同じように、事故で亡くしちゃったんだ。だから今でも心の傷が癒えてなくてね』
『そんな……夏くんも僕と同じだったなんて……』
なっちゃんは掌をそっと胸元に当て、切なそうに当時の情景を良夜へ説明して見せる。
『でもね、僕には優しく接してくれる友達がいる。そのお陰でね、心の傷も少しずつだけど、癒えてるような気がするんだ』
『それは、さっき言っていた女の子のこと?』
『そう、ガサツだけどね。でも、いつも明るく前向きで、自分には無いものを持ってる。だから僕にとっては、掛け替えのない存在かな』
『掛け替えのない存在? なるほど、あの子は夏くんにとって、そんなにも大切な人なんだね』
二人が話をしている最中。はーちゃんは少し離れた場所で、何やら待ちくたびれた様子。その姿を、なっちゃんは大ケヤキの傍で愛おしそうに見つめていた。
『大切? だからなのか、いつも傍で見守ってあげたいと思うのは……』
『まさか、その気持ちって?』
良夜の言葉で、改めて存在の意義を知るなっちゃん。ぼんやりとしていたせいか、思わず心の声が漏れ出てしまう。
『――あっ、いや、いまの言葉は違うんだ』
言葉に含まれる微妙な意味合い。明らかに、はーちゃんを思っての心情に違いない。その言葉に気付くや否や、なっちゃんは頬を赤らめ双方の掌を揺らめかせた。
『――って、まあいいや。隠していてもいずれ分かるだろうし。とにかく、さっきの話はね、はーちゃんにだけは言わないようにね!』
『う、うん。分かったよ』
暫く沈黙したのち、なっちゃんは何もなかったかのように開き直る。もしかしたら、聞いてはいけない事だったのであろう。ゆえに、良夜は気まずそうな面持ちで軽く頷いた。
『絶対だよ。これは二人だけの秘密だからね』
『だっ、大丈夫。友達の秘密は誰にも言わないよ』
鬼気迫る表情で歩み寄るなっちゃん。その凄みある姿に、良夜は戸惑いながら受け答えをして見せる。
『とも……だち?』
『そうだよ。夏くんはね、僕からしてみれば一番最初に出来た相手。その大事な友達からのお願いだもん、必ず約束は守ると誓うよ』
良夜から伝えられた友達という二文字の言葉。この想いに気づかされ、なっちゃんは敬愛の念を抱く。こうして僅かな時間ではあるも、二人の心は急速に接近することになった…………。
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