第27話 少しずつ気づき始めた自らの存在。
春花を部屋で待たせた夏樹は、急いで隣人の部屋へと向かう。ところが、扉の前までくると、表札を眺めながら困った表情を浮かべていた。
(はぁ……春花の手前、あのように言ってはみたものの。秋月さんって、なんだか苦手なんだよなぁー。なぜか僕のことを避けてるようだし、どうせまた変な態度をするんだろうけど……)
立浪荘に部屋を借りる住人は二人。古ぼけた建物ではあるが、そこまで住みずらい訳ではない。周囲の見晴らしは良く、何と言ってもタダ同然のように安い賃料。丘から下ればコンビニだってすぐにある。
勝手はいいはずなのだが、ひと月ほど前から賃借人が現れなくなった。というよりも、以前いた住人達は秋月を残して、すべて退去してしまう。そして今では、変な噂話もしばしば。部屋は空いているも、借りる者がいない。
このような事から、二人は毎度のように顔を合わせていた。だからといって、近所仲がいいとまでは行かないだろう。なぜなら、おかしな態度をとる秋月のこと。どちらかといえば、避けているような素振り。お祭りの出来事もあるから、更に気まずい雰囲気といえる。
これにより気が重い夏樹ではあるが、仕方なく扉を軽く叩き呼びかけてみた。
「秋月さん、すみません。いま友達が来ているので、少しだけ静かにしてもらってもいいですか」
すると――、中では慌ただしい物音。暫くして、玄関の扉がゆっくりと開く。
「――ひっ、ひぃぃ!! まっ、まだ隣にいたんですか?」
すき間からそっと覗き込む秋月。その様子は、動揺や困惑などによって顔が真っ青な状態。そして胸元には、幾つものニンニクを巻きつけた首飾り。まるで
「ええ、そりゃいますよ。僕の部屋ですもの」
「もしかして、神社でのことを怒ってここに?」
なぜ自分の部屋に夏樹が来たのか、秋月は怯えた声で恐る恐る問いかける。
「いいえ、怒ってなんかいませんよ。それに、あれは秋月さんが悪いんじゃないんだし」
「だったら、どうして俺の部屋に?」
「ああー、やっぱり。鈴を鳴らしていたから、聞こえてなかったんですね。じつは、ついさっき友達が部屋に来たので、少しだけ静かにして欲しいんです。お手間を取らせてしまい申し訳ありませんが、お願いできますか」
夏樹は申し訳なさそうに、軽く頭を下げながら頼み込む。その仕草に秋月は戸惑いながらも、相槌を打つように受け答えする。
「え、ええ。そういう事でしたら、すぐに鳴らすのをやめます」
「本当ですか? 断られるかと思っていたので、そう言って頂けて安心しました。では、よろしくお願いしますね」
「は、はい。分かりました……」
秋月の対応は相変わらずの素振り。とはいうものの、状況は夏樹が思い悩むほどではなかったようだ。
(なぁーんだ、僕の考え過ぎだったようだね。話をしてみると、結構いい人そうじゃん。じゃぁ、どうして今まで僕を避けていたんだろう……)
こうしたことから、すんなりと事が運ぶ様子に、夏樹は安堵の表情を浮かべ囁いた。怯えていた理由はよくわからぬも、不思議に思いながら自らの部屋へと戻る…………。
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