第26話 澄み渡る鈴の音
ほどなくして、目的のアパートへたどり着く二人。すると、春花はアパートに到着するなり驚きの表情を浮かべた。それもそのはず、目の前に映るものは今にも崩れ落ちそうな佇まい。
こうした光景はあまりにも酷いもので、とても人が住んでいるとは思えない状況。といっても、これは事実であり紛れもない真実である。よって、その横で夏樹はバツが悪そうに頭を掻く。
「……たっ、確かに聞いていた通りの幽霊屋敷ね」
「えっと……今しれっと、酷いこと言わなかった? どうせなら、古ぼけた建物って、言って欲しかったんだけど」
春花は廃墟のようなアパートを見上げながら、思わず率直な感想を漏らす。その仕草はどこか呆れているようにも窺えた。そんな素振りに、夏樹は不満そうに口を尖らせる。
「ごめんね、つい。それにしても、未だにこんな建物があるなんて、すごいわよね。外観もそうだけど、
「まっ、まあね。木造の建物だから仕方ないよ」
「けど、こうして眺めると、趣があって花のような名前ね。たしか、花言葉は…………」
「花言葉?」
「そう、何だったかしら?」
「そんなことよりも、部屋の中へどうぞ」
「うっ、うん。ありがとう」
春花はアパートの名称から花言葉を思い浮かべるも、夏樹はお構いなしに話題を逸らし中へ誘導する。こうして案内されるがままドアノブを捻り中へ入ると……そこは想像を絶する惨状であった。それはまるで、ゴミ屋敷と呼ぶに相応しい光景である。
その状態というのは、足の踏み場もないほど散らかっており、とても人間が住めるような環境ではない。しかしながら、そんな状況下においても夏樹は平然とした様子で部屋を見渡していた。これは彼が言うところの慣れというものだろう。
「えっ――⁉ なにこれ? どうしてこんなにも散らかってるの。もう三ヶ月も経つんだよ。ねえ、なんで?」
「あっ、あのさぁ……。とりあえず、1回落ち着こうか」
部屋へ入るなり、春花は驚きのあまり声を張り上げる。それはまるで、悲鳴のような声量。これに圧倒された夏樹は、気まずそうに宥めようとする。
「はあ? これを見て落ち着けですって!」
「なっ、なんか母さんに言われてる気が…………。っていうか、覚悟できてるって、言ってなかった?」
春花の剣幕に押され、思わず後退る夏樹。それでも必死に説得しようとするが、今の彼女には何を言っても無駄のようだ。
「それとこれとは別よ! ――とにかく、そんな事なんていいから、さっさと片付けるわよ」
「はぁ……ぃ」
夏樹は小さな声で相槌を打つと、春花に言われるがまま部屋の片付けを始める。それからというもの、二人は時間を忘れて作業に没頭していた。すると…………いつものように、澄み渡る鈴の音が聞こえてくる。
「んっ、あれは何の音?」
「ああ、これはね。いつもこの時間になると、隣の人が鈴を鳴らせてるんだよ」
「鈴を……?」
「そう。多分、受験生だから気持ちを落ち着かせてるんじゃないかな?」
いつの間にか聞こえてきた鈴の音。この不思議な状況に、春花は耳をすませ音の正体を探る。
「あれって……鈴じゃなくて、仏壇の傍に置いてある
「
「そう、気にならないの?」
「別に気にならないけど。じゃあ、ちょっと待ってて」
春花は首を傾げながら尋ねるも、夏樹は軽く受け流すように答える。この様子から察するに、彼は音の正体をあまりよく理解していないようだ。といっても、深く追及することはなく、どちらかと言えば落ち着いた感じに思える。なぜならそれは、既に日常の一部となっているからであった…………。
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