第25話 狼になっちゃうよ
春花から突然の誘いを受ける夏樹。頭に思い浮かぶものといえば、コンビニか通い慣れた喫茶店である。ところが、彼女にとってその場所は、何故か都合が悪く難色を示す。それならばと、あれこれ考えてみるも、やはり答えが出てくることはない。
これにより、少しばかり名残惜しくはあったが、やむを得ず断念した気持ちを呟いてみせる。
「残念だけどね、今日のところはお開きにしない?」
「そう……だね。行きたいところがないなら、考えても仕方ないよね」
切なそうに夏樹の意見に同意するも、春花の仕草はどこか寂し気な表情をしていた。
「ごめんね、次に会う時までには、どこかいい場所を考えておくから」
「うん、分かった」
「じゃあ……寝るまでに少し時間があるから、僕はこれから部屋の片付けでもするよ」
「部屋の片付け?」
「そう、転勤して随分と経つけど、中々整理が出来なくてね」
「えっ、随分って……もう三ヶ月も経つけど?」
何気なく話した夏樹の一言に、春花は驚きの声を上げる。というのも、この町に引っ越してきてから、数ヶ月もの時が流れていたからだ。
「だよねぇ……」
「ふふっ、なんだか状況が思い浮かぶわね。けど、夏樹くんらしくていいじゃないの」
「それがね、ごみ屋敷になる一歩手前なんだよ」
「そうなの? だったら……時間もある事だし、一緒に片付けてあげようか?」
夏樹の困った様子に、春花は助け舟を出すように提案を持ち掛けてみる。
「ほんとに!」
「ええ、夏樹くんさえ良ければね」
この申し出に、夏樹は嬉しそうに瞳を輝かせながら即答する。そんな様子を目にした春花は、微笑みながら返事をした。
「僕のことなら全然かまわないよ。だけど、いまから来るの?」
「そうよ、なにか不都合でもあるの」
「いや、そうじゃないんだけど……けっこう散らかってるからね、びっくりするかも知れないよ」
「それなら気にしなくても大丈夫よ。前にも聞いていたから、ある程度の覚悟は出来ているわ」
春花は自信満々に胸を張る。その仕草は、どこか誇らしげでもあった。
「ほっ、ほんとに大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、だからね。二人っきりだと……狼になっちゃうかもよ」
「なるほど、そわそわしていたのは、そういうことね。でも、夏樹くんなら大丈夫でしょ?」
夏樹は冗談混じりに問いかけてみるも、春花から返ってきた答えは意外なものだった。そのため、思わず拍子抜けしてしまう。しかし、それは裏を返せば、それだけ信用されている証拠でもあるだろう。
「えっと、僕も一応……男なんですけど」
「あら? そうだったわね」
「えぇぇー、それってどういう意味?」
「まあ、別にいいじゃない。とにかく、早くアパートへ行きましょう」
夏樹の問いかけをはぐらかし、春花は満面の笑顔で立浪荘へ向かうように促す。そんな仕草に釈然としないながらも、この場をゆっくりと後にした…………。
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