第28話 懐かしの写真

 暫くして秋月の部屋から戻ってきた夏樹は、散乱した物を跨ぎながら部屋の中へ入る。するとそこには、呆然とした様子でカレンダーを見つめる春花が佇んでいた……。


「――あっ! それは……」


 言葉を詰まらせながら、気まずそうな表情を浮かべる夏樹。その声に反応した春花は、振り返りながら返事を返す。


「これって…………」


 春花がぼんやりカレンダーを眺めていた理由。それは、二人が出会ってからの記録が事細かく書かれていたからだ。


「あはは……やっぱりキモイよね」

「そんなことないわ、私との思い出を大切にしてくれていたんだもの。でも……どうしてカレンダーなんかに?」


「それはね、最初は何気なく日々の出来事を書いていたんだ。けど……ずっと書き込んでいく内に、何故だか自分が生きている証のように思えたんだよ」

「生きている証? なるほど…………そういうことだったのね」


 記していたことに、なんら意味はなかったのかも知れない。とはいえ、想いを記憶に残すため、夏樹は自然と行動に移していた。その言葉を受け取る春花は、何かを察するように声をもらす。


「んっ、どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。だからお祭りのとき、日にちまで詳しく知っていたんだね」 


「そう、あの子との思い出も大事だけど。僕には春花と過ごした日々も大切だからね」

「夏樹くん……」


 過去を想い馳せながら話す夏樹の言葉を春花は切なそうに見つめた。そんな出会ってから数ヶ月と間もない二人。共に過ごした思い出は無駄ではないはず。なぜなら、触れ合う想いは心に深く刻まれ、記憶として残るからだ。


 ゆえに、その情景を二人はしばらく懐かしみ、再び部屋の中を片付けていく……。こうして黙々と整頓をする春花の姿。さすが夏樹と違い手慣れた様子で、手際よく散乱した本を1つ1つ棚へ並べていった。すると――、趣ある書物の1つから栞のような紙切れが床へ舞い落ちる。


「んっ、これって写真じゃない?」

「あっ、ほんとだ」


「ほんとだじゃなくて。写真はファイルへ収めるか、ケースに入れるかしないと駄目じゃない」

「ああーそうだね」


「――もう! 私の話、ちゃんと聞いてるの?」

「もちろんだよ。春花さまの言うことは、一言一句漏らさずに聞いてるさ」


 床から広い上げた物は、栞ではなく一枚の写真。あまりのだらしなさに、春花はあきれ顔で話しかける。これを夏樹は、母の小言を聞き流すかのように答えた。


「またそうやって、調子のいい事ばかり言うんだから」


 そんな夏樹の態度に春花は唇を尖らせ話しかける。そして裏返った写真をゆっくりと表へ向けた瞬間――。


「えっ⁉ これって……」

「あぁ、それはね。さっき言っていた子と一緒に写った写真。で、こっちが僕なんだけど、いまと全然違うでしょ」


 驚愕した顔で写真を見つめる春花。寄り添う夏樹は、淡々と写真の人物を指差し説明する。


「もっ……もしかして、青葉 夏樹あおば なつきていうのは今の姓で、旧姓は涼風 夏樹すずかぜ なつきっていうんじゃないの?」

「そうだよ、僕の両親は再婚だからね。でもよく知っていたよね」


 春花が問う言葉の意味を、夏樹は全く理解していない様子。これにより二人の間には、しばらく沈黙の時が流れた……。


「あっ! ひょっとして、卒業写真でも見たとか?」

「いいえ、そんなんじゃないわ」


「じゃぁ、なんで? 春花に旧姓を教えた覚えはないんだけど」


 思い当たる状況を考えてみるも、一向に思い出せず夏樹は首を傾げた。この様子に、呆然としていた春花がゆっくりと理由を述べる。


「だって…………これ、私だから」

「――はっ⁉ いっ、今! なんて言ったの?」


 春花の言葉に耳を疑う夏樹は、同じように驚愕した様子で見つめ合う。


「だから……ここへ写ってる子って、私なのよ」

「あはは……それはないと思うよ。この子と比べると、春花の方がお淑やかで、全然見た目が違うじゃん。だから何かの間違いだって」


 夏樹は頬を引き攣らせながら、容姿や雰囲気の違いに有り得ない事だと話す。


「それを言うなら夏樹くんだって、今はすごく格好いいじゃん」

「でっ、でも……僕が知ってるはーちゃんは、花守 春花はなもり はるかっていう名前だよ」


「それは幼少期の名前。あの後、色々あってね、両親は離婚しちゃたの。そんな事情もあって、私は母さんの旧姓を名乗っているってわけ」

「じゃぁ……本当に、はーちゃんなの?」


「ええ、そうよ。随分と変わったでしょう」

「うっ、うん。何だか別人みたい」


 浴衣の袖を持ちながら、春花は両手をあげ可愛く魅せる。はたして、これは必然なのか偶然なのか、それは誰にも分からないだろう。ただ1つ言えるのは、心から願った積年の想いがようやく叶えられたということだ。


 ――しかし、こうした二人の出逢いがきっかけとなり、運命を左右する歯車が徐々に動き始めるのであった…………。

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