第21話 初恋の人

 射的屋を後にした二人は、境内にある社務所に立ち寄りお守りや絵馬などを見て回った。すると、とある売り場の前で足を止めた夏樹は、何やら真剣に考え込んでいる様子……。


 立ち止まった売り場には、縁結びと書かれた護身符が所狭しと並べられていた。その視線の先にあるものは、恋愛成就の絵馬だと思われる。


「ねえ、夏樹くん。もしかして、絵馬が欲しいの?」

「えっ!  いや、別にそういうわけじゃないよ」


 咄嗟に否定してみせる夏樹だが、明らかに動揺している。この状況を目にした春花は、不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ、どうして熱心に見ていたの?」

「それは…………」


「それは?」

「――っていうかさ、ひと通り回ったし、そろそろ帰らない」


 春花の言葉を遮ると、突然にも話題を変える夏樹。目的を終えたことを理由に、この場から立ち去ろうとする。


「別にいいけど……」


 春花は夏樹の態度に疑問を抱くも、言われた提案に同意し参道の出口へ足を向けた。こうして祭りを堪能した二人は、いつもの待ち合わせ場所へ歩き出す……。


 そんな中――、何か伝えたい素振りの春花は、何度も口を開閉させた動作を繰り返す。そして機会を窺うように、モジモジしながらゆっくりと話しかけた。


「ねえ、夏樹くん」

「んっ? どうしたの?」


 春花の声に反応する夏樹は、立ち止まって振り返る。


「そういえば、まだお礼を言ってなかったね」

「お礼?」


 夏樹はお礼の意味が分からず、足を止め真剣な表情で耳を傾けた。そんな様子に、春花は少し照れ顔で俯きながら答える。その頬はほんのりと赤く染まり、恥じらう姿がとても可愛らしい。


「うん……さっき絡まれた時は、ありがとう。夏樹くんの姿、すごく格好よかったよ」

「えっ、いや……そんなの当然じゃん、友達なんだからさ」


 春花は心の想いを伝えるも、素直になれない夏樹。高鳴る鼓動を抑え、感情を悟られないよう平常を装う。


「友達かぁ……。そういえば、小さい頃にも同じような事があったかな」

「同じようなこと?」


 夏樹の言葉に少し残念そうな春花ではあるも、気を取り直し幼少期の思い出を振り返る。


「そう、その時は小さな犬だったんだけどね。でも嚙まれそうになった時は、本当に怖かったわ」

「ということは、嚙まれずに澄んだってこと?」


「うん、友達が駆けつけてくれたからね。その時も、さっきのように助けてくれたんだよ」

「そっかぁ……いい友達がいて良かったね」


 こうした二人の会話は、参道を抜けても途切れることはなく続いていた……。


「そうなの、相手からしてみれば、ただの友達かも知れない。けど、私にとっては、心を許した初恋の人……」

「初恋か……それからその人とはどうなったの?」


「それがね、引っ越しちゃったから会う機会もなくなってね。だからもう会えないかな」

「そういえば、僕にもいたよな。そんな初恋の子が……」


 春花は、過ぎ去った淡く切ない過去の情景を話す。その想い出に感化された夏樹は、そっと囁くように言葉を漏らすのであった…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る