第20話 可愛らしい笑顔
こうして射的屋に向かって歩く二人。すると、変わらず屋台の前では客が列をなし賑わっている。やはり特大のぬいぐるみが注目を集めているのだろう。その傍では、店主が客引きのため景品の前で声掛けをしていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 一等は早い者勝ちだよ!」
預かり物の景品を目玉に、店主は精一杯の声を出し客引きに勤しむ。これにより、客の列は途切れるどころか益々増える一方。この光景に春花は困り果て佇んでいると……、こちらの気配に気づいた店主が残念そうにため息をつく。
「はぁ……今日の稼ぎもこれまでか……」
諦めた顔つきで、景品に触れようする店主。――しかし、それを春花が即座に制止する。
「おじさん、ちょっと待って!」
「んっ?」
突然にも店主の腕に触れ、衣服の袖を掴む春花。客に気づかれないよう、そっと提案を持ちかけてみた。
「じつは、景品のことなんだけど……。出来れば大きなぬいぐるみじゃなくてね、小さなものに交換して欲しいの」
「はぁっ? なんでじゃ?」
春花の提案を耳にするなり、店主は驚いた表情を見せる。それもそのはず、大きなぬいぐるみではなく、小さな景品に交換して欲しいと持ちかけられたのだ。当然、疑問を抱くのも無理はないだろう。
「なんでって、大きいと持ち運びが大変じゃない。それに、部屋には同じものがあるからね」
そう言って、春花は耳元に顔を近づけ小声で話す。この説明に店主は納得するも、顔つきはどこか固く申し訳なさそうな表情。
「うーん、でもなぁ……それだと、余りにも申し訳ねえ」
「お気になさらずに。私はその小さなぬいぐるみで十分ですから、ね」
提案された条件は誰が聞いても悪くはない。それでも思い悩む理由は、さすがに心を痛めたのかも知れない。店主は暫く考え込むも、ようやく答えが纏まったのか、ゆっくりと口を開く。
「だったら、こうしよう。いつも儂は、周辺一帯で露店を開いておる。じゃから遊びに来ることがあったら、このチケットを使ってくれ!」
「えっ、いいの? それだと、おじさんの方が困るんじゃないの?」
「別に、構わんよ。儂はもう十分に儲けさせて貰ったからのう」
店主から渡されたものは、10枚つづりで纏められた1枚500円のチケット。目玉商品でたとえるならば、二倍に相当する金額である。これを気前よく春花に手渡すと、にっこり微笑んでみせた。
「おじさん、ありがとう」
「いやなに、礼には及ばんよ」
店主の粋な計らいにより、無事に小さなぬいぐるみと交換することに成功。この様子を目にした夏樹も嬉しそうに声を掛ける。
「よかったね、春花」
「うん、でもごめんね……」
申し訳なさそうに謝罪する春花に、夏樹は優しい言葉をかける。
「謝らなくてもいいよ。僕は気にしてないからさ、だけど何だか嬉しそうだね」
「だってね、10回分だよ、10回分!」
「10回分?」
「そう。これがあればね、夏樹くんと何回でも一緒に遊べるでしょ」
「あはは……そうだね」
何度もその場で飛び跳ね、嬉しそうに燥ぐ春花。この姿に笑みを浮かべる夏樹は、ほんのりと頬を赤らめ可愛らしく思うのであった…………。
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