第19話 くまの縫いぐるみ
こうした雷鳴轟く光景に声も出ず、唖然としていた二人。拝殿前の広場には、騒ぎを聞きつけた野次馬が少しずつ集まる。この騒然とした様子に、ようやく秋月は我に返り言葉を発した。
「おい、彼女も困ってんだ。もういいじゃねえか、俺は行くぜ!」
「秋月どうしたんだよ。悪いのはこの女なわけで――、おっ、おい! だから、待てって!」
秋月は友達の言葉を無視し、この場から逃げるように立ち去る。これにより、
そんな中、夏樹は抱きしめていた腕をゆっくりと解く。すると、春花は地面にへたり込むように寄り掛かる。
「春花、見たとこ怪我はないようだけど、大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫よ。夏樹くんが守ってくれたからね」
「そっか……よかった」
「本当にありがとう」
優しく声をかけ、身体の様子を気遣う夏樹。そっと手を差し伸べ、春花の掌へ軽く触れた。そこから伝わる感触は、揺れ動く気持ちの動揺に他ならない。気丈に振る舞ってはいたが、本当は怖かったに違いない。
このような心騒ぎを取り除き、安心させるためだろう。震える指先を絡めると、強く握りしめ射的屋へ向かう準備を始めた。
「じゃぁ、いこうか」
「う、うん……」
何気ない夏樹の優しさに触れ、笑みを浮かべる春花。嬉しそうに隣をついて歩き、本堂の広場を後にする……。
✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿
――それから暫く歩き、二の鳥居を抜ける二人。
参道沿いには、連なる数々の屋台。夏樹達が目的の店を探していると、ようやく射的屋を見つけることが出来た。しかしながら、客が列をなし賑わっていた事もあり、すぐには辿り着けそうもない状況。そんな状況の中、二人は人混みを掻き分け、どうにか店主へ声をかける。
「おじさん、迷惑かけてごめんね」
「はぁ……もう来たんか」
列の傍から申し訳なさそうに声をかける春花。これに気づく店主は、残念そうに溜息をこぼす。しかし、客が途切れることはなく、一向に人の数が減る気配はない。
というのも、行列の原因は何と言っても、目玉商品であるくまの特大ぬいぐるみ。
ゆえに、預けた景品を返せともいえず、困った顔つきで色々と考えた結果……。
「その事なんだけどね、少し待ってて貰ってもいい?」
「ああ、儂のことなら構わんが」
「ありがとう、おじさん」
このように事情を店主へ説明して、もう暫く景品を預かって欲しいと伝えた。そんな状況の中、突然にも夏樹の手を握りしめる春花は、足早に屋台から距離を置き遠ざかる。
「夏樹くん、あのね。一緒に取った景品のぬいぐるみ。交換するのって、小さい方じゃ駄目?」
「えっ、なんで?」
双方の指を組み合わせた春花は、気まずそうに夏樹の顔色を窺いながら話す。
「だってね、大きいと持ち歩きが大変でしょ」
「だったら、僕が持つから大丈夫だよ」
特大の景品を抱える事に無理があり、境内の中を歩くには支障をきたす。そこで考えた結果が交換。ところが、夏樹の発言に春花は困った表情を見せ、すぐさま首を左右に振り拒絶した。
「ごめんなさい、夏樹くん。本当の理由はね、そんな事じゃないの」
「本当の理由?」
「じつはね、景品をいま受け取ったら、並んでる人達が可哀想でしょ」
「でもそれは、店主の問題であって春花が悲しむ必要はないと思うよ」
「まあ、そうなんだけどね。だけど……子供達の楽しそうな姿を見てたら、私には受け取る事なんてできないよ」
申し訳なさそうに答える春花。その表情からは、どこか切なさが滲み出ていた。
「春花は優しいね。だったら、僕の事なら気にしなくても大丈夫だよ」
夏樹は気持ちに寄り添い、優しい言葉をかける。この返答に少し安心したのだろう、春花は安堵の溜息をこぼすと静かに頷いた…………。
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