第18話 ただならぬ気配

 掴まれた腕を振り払うため、必死に抵抗を試みる春花。やはり竜胆りんどうには敵わないのだろう、握りしめられた腕は微動だにしない。それどころか、むしろ手の力は増していった。


「――だから痛いっていってるでしょ!」


 掴まれている腕の痛みに顔を歪めながら、春花は竜胆りんどうを睨みつける。これに素早く反応する夏樹は、二人の目の前に急いで駆けつけた。


「やめろよ、春花が嫌がってるじゃん」


 この状況はまずい。そう判断した夏樹は二人に声を掛け、どうにか春花から手を放させようと竜胆りんどうの手首を強く握りしめる。


「うわ! なに、今の嫌な感じ」


 とっさに掴んでいた春花の腕を離し、啞然とした面持ちを浮かべる竜胆りんどう。その光景は、まるで電流を感じたかのような姿。体を一歩後退させると、手首をしばらく見つめた。


「なんですかこの失礼な人は、秋月さんの友達なんでしょ。だったら、今すぐ止めさせて貰えませんか」


 夏樹は隣人の秋月へ言い寄り、険しい表情で異議を申し立てる。


「おい、竜胆りんどう! もういいだろ」

「ああ、でも少し待ってくれよ。あの女に一言だけいってくるから」

 

 秋月の言葉に耳を傾ける竜胆りんどうではあるも、不機嫌なそう顔で春花を呼びつける。


「おい、お前! 俺になんか言うことあるだろ」

「はあ? あなたに言うことなんて何もありませんが」


 竜胆りんどうの態度に不快感を露にする春花は、恐れることなく鋭い視線を突き刺す。


「――ったく、気が強い女だな」

「気が強くて結構、どうぞお構いなく」


「なんだそりゃあ? 謝ることも出来ねーの」

「どうして私が謝らないといけないのですか」


「さっき俺のこと、気持ち悪いって言っただろうが」

「私は本当のことを言っただけです」


 怯むことのない春花の態度を目にした竜胆りんどうは、抑えていた感情が溢れ出したかのように大きな声を上げる。


「なんだと――!!」

「もう、触らないでって言ってるでしょ」


 再び春花の腕を掴もうとする竜胆りんどう。この手を振りほどこうと、体を逸らした瞬間――。


「――きゃぁ!!」


 春花の手はすっぽ抜け、後方へ勢い良く弾き飛ばされた。しかし、これを夏樹が瞬時に駆けより、そっと優しく抱きしめる。


「おっ、おい、秋月。今ゆっくり倒れなかったか!」

「だから言っただろ、関わらない方がいいって」


 信じられない光景を目撃した竜胆りんどうは、驚いた表情で目の前の動向を暫く窺う。そんな最中、抱きしめた春花を優しく地面へ座らせる夏樹。虚ろな目で立ち上がると、眼光鋭く睨みつける。


「おい、お前! これ以上春花に手を出したら、どうなるか分かってんだろうな」


 夏樹は凍り付くような視線を送り、雰囲気は大きく様変わりする。その瞬間、空は怪しく陰り眩い光と共に周辺一帯へ雷鳴が轟く。すると――、一つの閃光が天上から曲折しながら少し離れた樹木に降り注ぐ。


「――うわあっ!」


 落雷と共に響く竜胆りんどうの声、そして燃え盛る樹木。これに慌てた店主達は水をかけ鎮火にあたる。とはいえ、幸いにも小さな木々へ落ちたため、炎も大したことはなく大事に至らず済んだ。


「いいか、よく聞けよ。つぎ危険な目に遭わせたら、ただじゃすまないと思え!」


 そんな鋭く睨みつける夏樹の眼光からは、ただならぬ気配を醸し出ていた…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る