第17話 気持ち悪い

 夏樹は春花の掌を優しく握りしめ、雑木林の中をゆっくり突き進む。こうして森の中を抜け、ようやく見えてきたのは本殿前。あとは二の鳥居を抜ければ、参道まではもう少し。するとその途中、偶然にも同じアパートの隣人に遭遇する。


「あれ? 秋月あきつきさんじゃないですか、やっぱり来てたんですね」

「ええ、まあ……出来れば会いたくなかったんですけど」


「そんなこと言わないでくださいよ。せっかくのお祭りなんですからね、一緒に楽しみましょうよ」

「いっ、いえ結構です。だって、あちらの方も……あれでしょう」


「あちら?」

「いや、その……同じ、ゆっ、ゆぅ」


「んっ、ゆう……ですか?」

「とっ、とにかく俺は友達がいるんで大丈夫です」


「そうですか、じゃあ仕方ないですね」


 相変わらず奇妙な対応を取り続ける秋月。今日は一段とおかしな言動に拍車がかかる。従って、夏樹は理解を深めようと試みるも、無駄と判断して諦める。


 そんな中――、秋月の友達である竜胆りんどうは、夏樹から少し離れた春花に声をかけていた。


「うわぁ、お姉さんって、めっちゃ可愛いじゃん。もしかして、モデルとかやってる?」

「はっ? 私に言ってるんですか」


「やっぱ、さすがに最初は塩対応だよね。でもその冷たい反応と表情、それがまた可愛くていいじゃん」

「あの、一人で盛り上がってるようですけど、私に何か用でしょうか」


「用ってほどでもないんだけどさ、一緒にお祭りでも見て回らないかなって」

「そういうことでしたら、間に合ってるので結構です」

 

「ええーそんな連れないこと言わずにさぁ」

「ですから、私には友達がいるので、こういう事されると困ります」


「友達って……? ああーなるほどね、そういうこと」

「そういうこと? 意味が分からないですけど、周りを見て納得するのやめてもらえますか」


「だよねー、ごめん。やっぱ、こんな日に一人だと寂しいよね」

「寂しい?」


「そう、一人で退屈してたんでしょ?」

「はあ? 突然なにを言い出すのかと思えば」


「いいって、いいって、恥ずかしがらなくても」

「私が恥ずかしがる? って、さっきから話がかみ合っていませんけど」


「えっ、もしかして俺にそこまで言わせるの?」

「言わせるって、あなたが一方的に話しかけてきてるんでしょ」


「一方的って、君もそれを望んでいるんじゃないの」

「それってどういう意味、あまりにも酷くないですか」


「ああーはいはい、つまりあれでしょ。軽い女に見られたくないから、一回目は断って、二回目だったらOKってことだよね」

「なに言ってるの、あたま大丈夫ですか?」


「またまた、そんなに強がらなくてもいいじゃん」

「言っておきますけど、私があなたに強がっても何のメリットもないですから」


「そんなこと言って、ほんとは誘って欲しかったんでしょ。素直になりなよ」

「じゃあ、分かりました」


「えっ、もしかしてOKってこと」

「違います。これ以上あなたと話していても埒が明かないので、私はこれで失礼します」


「はあ、なにそれ? っていうか、まだ話の途中だし」

「あなたと話すことなんて何もありません」


「――ちょ、ちょっと待てって!」

「なに触ってるんですか、手を離してください」


「何って、腕を掴んだだけじゃん」

「それが気持ち悪いって言ってるんです」


「俺が気持ち悪い?」

「そう、とても不愉快なので触らないで」


「このあま、いつまでも下手したてに出てりゃいい気になりやがって!」

「いたい、痛いから離してよ」


 春花は凛とした態度で一度は手を振り払うも、逆ギレした竜胆りんどうに再び腕を掴まれ強く握りしめられる…………。

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