第12話 金魚すくい 

 こうして足早に鳥居を抜け、目の前に見えてきたのは屋台の数々。トウモロコシや焼き鳥を焼くかんばしい匂い、わた飴やリンゴ飴を並べた甘い香り。そして、燦爛さんらんと照らす情趣を漂わせた夏の薫り。このような光景に、思わず夏樹のお腹と心は魅了され、突然店に向かって走り出す。


「わぁー春花、見てみて! 射的に金魚すくい、輪投げまであるよ」

「ふふっ。まるで子供のようね」


 はしゃぎながら周囲を見渡す夏樹。その姿に、春花は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ねぇ、春花。一緒に金魚すくいをやってみない?」

「えぇー私って、金魚すくい苦手なんだけど」

 

 夏樹は夜店を指差し誘ってみるも、あまり春花は乗り気ではない様子。しかし、やるなら今が狙い目に違いない。何故なら時間帯は夕食時。どの店にも客は大していなかった。


「大丈夫だよ、僕が教えてあげるから」

「ほんとに?」


 半ば強引に勧められながらも、春花は店前にゆっくりと腰を下ろす。


「あれ? もしかして、ここ優良な店かもしれないね」

「えっ、どうして分かるの?」


「だってほら、和紙の厚さに幅があるでしょ。それに、ポイが濃い色をしてる」

「ふーん、なるほどね。私には、見てもよく分からないけど」


「前にね、的屋てきやのバイトをやっていたから、少しだけ知ってるんだ」

「へえ、そうなんだ。――あっ、ほら見て夏樹くん。とっても大きい金魚がいるよ」


「あれはね、蘭鋳らんちゅう。客寄せ金魚といって、まず狙っても取れないと思うよ」

「そうなの? じゃあ、最初はよく分からないから、夏樹先生にご指導でもしてもらおうかな」


「よし、だったら僕に任せて。とりあえず、ポイの先端は少しだけ水につけてね。それで入水はなるべく斜めから、できれば頭やお腹を中心にすくうといいよ」


 春花は夏樹に言われた通り、金魚を追い込み掬っていく。すると――、面白いように捕れるではないか。


「参ったなぁー。姉ちゃん、もしかしてプロかい?」

「そんなプロだなんて、偶々取れただけのまぐれですよ」


 あまりにも上手な金魚の扱いに、的屋の店主は春花へ問いかけた。このように、和やかに店主と話をしていると――、偶然にもポイに触れた蘭鋳らんちゅうがお椀の中に入り込む。


「あっ、夏樹くん見てみて。これって、蘭鋳らんちゅうじゃないの?」

「えっ、ほんとに? 噓でしょ、僕でも捕ったことがないのに」


「こりゃあ、もう見事としか言いようがないのう。やれやれ、これで今日はもう赤字じゃよ」


 なにかの間違いじゃないのか、素人には不可能と思える奇跡。しかし、実際には確かに蘭鋳らんちゅうはお椀の中にいる。そんな不思議な光景に、さすがの店主も苦笑いをした…………。


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