第9話 積年の想い

 十数年前に起きた悲惨な出来事。


 これにより、夏樹の父親によって助けられた女の子は、数日後に交通事故は自分のせいだと家族に伝える。そんな突然にも我が子から事情を知らされた両親。呆然としながらも、被害者宅へ娘と一緒に頭を下げに行ったという。


 こうして毎日のように謝罪へ向かうも、当時の二人は幼く事の重大さを理解していなかった。ゆえに、罪悪感というものもなかったのだろう。次第に打ち解け合い一緒に遊ぶようになる。


 といっても、事故の一件以来、道路周辺での遊びは禁じられていた。ならば近辺に公園がないか探すも、公共の庭園などは存在しない。唯一広い場所といえば、堂々と構える神社だけ。


 これにより、決まって遊ぶ場所というのは神社の境内けいだいだけだった。そんな日常が数か月ほど続いたある日のこと。参拝に立ち寄っていた夏樹の母親が、無邪気に遊ぶ二人を偶然にも発見する。


 この姿に子供の幸せを最優先に考えたのだろう。夏樹の母親は女の子の両親に出会い、『もう十分過ぎるほど、お互い苦しんだんじゃないかしら。だからもう過去は振り返らず、これからは未来を見つめて行きませんか』そう伝えて、全てのことを許したという。


 そんな事柄もあり、ようやく一歩前へ踏み出すことができた夏樹の母親。苦しい時、辛い時、いつも傍で支えてくれていた男性と交際するようになる。


 その数年後――、正式に再婚した二人。夏樹と養子縁組を行い、継父から本当の家族として暮らすことになる。と同時に父親の転勤が決まり、一家は別の土地へ移り住まなければならなくなった。


 これにより引越し当日の朝、夏樹は最後のお別れを言いに神社の境内へ向かう……。



    ✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【過去の情景】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿




『あっ! いたいた。はーちゃん、そこで何やってるの』

『なっちゃんがいないから、一人でかかしのケンパをやってたのよ』


『一人でって、良夜りょうやは?』

玉緒たまのおくんならまだ来てないよ』


『そっかぁ……』

『どうしたの?』


『ううん、何でもない。それはそうと、はーちゃんとは今日でお別れだね』

『そうだね、少し残念だけど仕方ないよね』


『うん……けどね、遠くに行ってもはーちゃんの事はずっと忘れないからね』

『私もよ。なっちゃんのことは絶対に忘れない。短い間だったけどね、いっぱい想い出をありがとう』


『僕の方こそ、ありがとう。それでね、実ははーちゃんに聞いて欲しいことがあるんだ』

『なぁに?』


『あのね。今まで僕は、はーちゃんのことがね、ずっとずっと…………。いや、何でもないよ。お別れの時にね、こんなことを言ったら困ると思うから。だから、また逢えた時にでも話すよ』

『そうなの?』


『うん、大したことじゃないからね』

『ならいいけど、――って、そうだ! 肝心なことを忘れてたわ』


『どうしたの?』

『あのね、今日は最後の日だから、なっちゃんに渡したい物があったの』      


『渡したいもの?』

『そうよ、これなんだけど』


『これは?』

『これはね、母さんがくれた大切な誕生石。だけどね、二個あるから一つはなっちゃんが持っておいてくれない』


『えっ、大事な誕生石なのに?』

『うん。大事な物だからこそ、大切な人に持っておいて欲しいの』


『大切な人……ね。そっかぁ、ありがとう。絶対、大事にするよ。――っていうか、そろそろ出発する時間だ』

『えっ、もう行くの? 玉緒たまのおくんに会って行かないの?』


『うん。残念だけど、父さんを待たせてあるから』

『だったら仕方ないね』


『うん、ごめん。だから僕の代わりにね、良夜に今までありがとう、って伝えておいて』

『分かった、ちゃんと伝えておくね』


『じゃぁ、はーちゃん元気でね』

『うん、なっちゃんも元気でね。さようなら……』


 こうした父親の事故がきっかけで出逢い、継父の転勤によって別れる事となる。

それからだった、夏樹から笑顔が消えたのは…………。

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